森の雑記

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名画の読み方

名画の読み方

世界のビジネスエリートが身につける教養

 

はじめに

 先日は『「名」文どろぼう』を読んだが、今回は『「名」画の読み方』。当方美術館に行くのはわりと好きな方なのに、美術への造詣は全くない。どの絵を見ても「きれいだなあ」「すごいなあ」くらいの感想しか出てこないのはなんとも歯痒いので、以前読んだ「いちばんやさしい美術鑑賞」から少し発展させてみることに。

 木村泰司著、ダイヤモンド社発行。

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全体をみて

 19世紀までの西洋絵画を宗教画、風俗画、肖像画など6つのジャンルに分けそれぞれ年代を追って解説してくれる本である。ある程度世界史の知識があったほうが面白く読める。

 表紙やレイアウトが白と黒のみで非常にシンプルなのも良い。本書には絵画のコピーがいくつも収録されているのだが、色鮮やかな美術品がモノクロの地によく映える。

 ただ、サブタイトルに「世界のビジネスエリートが身につける」とあるものの、絵画と現代ビジネスの関係については全く触れておらず、若干のタイトル詐欺感も否めない。著者の本業はビジネスでないので、おそらく編集・マーケティング的な意向から付されたものだと思うが、これはいただけない。

 以下、各章面白かった箇所について。

 

第1章 宗教画

 キリスト教ユダヤ教の歴史を踏まえ、歴史画の一分野、宗教画を解説してくれる章。聖書の時系列に合わせて論が進むので、ここを読むだけである程度新旧聖書のこともわかる。

 ユダヤ教から派生したキリスト教なので、当然モーセ十戒のひとつであるぐう有象崇拝は避けるべき、しかし宗教を広めるために視覚的な効果も欲しい。そのために「イエス」のイコンを通して「神」を拝む、という理屈が発展した、という記述も面白い。

 それにまつわるレオン3世の聖像禁止令も懐かしい。「726年 何(72)が無(6)理だと聖像禁止」で覚えた方はどれほどいるのだろう。

 加えて「アトリビュート」の話も知っておいて方が良さそう。これは聖者を識別する「持ち物」「象徴」のことで、例えばマルコのアトリビュートは「有翼のライオン」。キャラクター特有のアトリビュートを覚えれば、絵画に描かれているのが誰なのかすぐにわかる。それがわかればスマホなりで当該聖者の素性を調べることもでき、より絵画を楽しめそう。

 

第2章 神話画・寓意画

 続いてはギリシャ神話などをモチーフにした神話画、抽象的な概念を描き表した寓意画について。こちらも歴史画の一分野。

 神話画に関しては特定の神のある場面をモチーフにしたものばかりなので、神話のストーリーを知っていればかなり楽しめそう。それぞれの神のアトリビュートも知っておけばより良い。1つだけ難癖を付けさせてもらうと、本書ではギリシャの神々をローマ名で記述するのが非常にわかりにくい。ゲームなどでギリシャ神話に触れてきた世代なので、ヘラとユノ(ジュノー)ならヘラの方が馴染み深い。冒頭に対照表があるので遡れば良いのだが、逐一「あれ、これはどの神だっけ」と変換するのがややこしいので、ローマ名呼びが常識なのかもしれないが、毎回かっこ書きを付けてくれれば良かった。

 さておき、問題は寓意画である。こちらは人文主義的教養、聖書への造詣を元に「読み解く」要素が強い絵画だ。つまり難しい。例えばボッティチェリの「春」。右手の女性2人は同一人物であり、風の神ゼフユロスによって変身させられている。左手メルクリウスが雲を杖で払い除けるのは人間の愛と神の愛の比較を示す。これが初見でわかるわけがない。何かを楽しむには知識が必要である。サッカーだってルールを知らねば面白くもなんともない。

 

第3章 肖像画

 こちらはもう少しわかりやすい。裕福な層が自らの痕跡を残すため、画家に発注した肖像画。今は写真があるからわざわざ絵を描いてもらう事もないが、当時はさぞ重要なものだったのだろう。この辺りの話はマンガ「アルテ」でちょこっと知っていたので面白く読めた

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 この章ではレンブラントファーストネーム戦略の話が面白かった。画家として一流になるには優れたマーケティング戦略も必要。

 

第4章 風俗画

 日常生活を描いた絵画。歴史画や肖像画より格下だと思われていたようだ。

例えば「農民画家」のイメージが強いブリューゲルは、実際都市に住む知識人で、顧客は上流階級の人々だったそう。当時の農民に絵は買えない。その絵も「働く尊さ」というよりはむしろ「愚か」な農民たちを描いて反面教師的にエンターテイメントに消化したものだというから驚きである。思ったよりやな奴。

 この章で好きな絵はピエトロ・ロンギの「犀(サイ)」。草を食む姿に漂う哀愁がたまらない。それからゴヤの「バルコニーのマハたち」。みていてものすごく不安になる目をした少女たちが印象的である。

 

第5章 風景画

 最初は単なる「背景」に過ぎなかった風景も、次第に独立のジャンルとして評価されるように。きっかけはオランダの独立。それまでは「風景を愛でる」ような価値観はなかったが、オランダの独立を勝ち取った人々が持つ愛郷心が風景画発展の源泉になった、と著者。

 現代の僕らが観て圧倒されるのは大きな風景画である事も多い。

 

第6章 静物 

 止まったものを描く静物画。でもこれ、あるものをあるがままに描いているだけじゃないらしい。それぞれの物に込められた意味があって、それをきちんと読んでいくのが静物画鑑賞のコツ。

 この章で紹介されるロベルト・カンピン「メロードの祭壇画」は特にすごい。「受胎告知」テーマを市民階級の家で再現する大胆さ、描かれたアイテムに散りばめられた意味、どこをとってもチャレンジングな一作である。

 

おわりに

 実際に美術館に行きたくなる本だった。「観る」から「読む」へ、絵画を味わう新たな視点を得られました。