森の雑記

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「話し方」の心理学

「話し方」の心理学

 

はじめに

 巷に溢れるコミュニケーション本は、大体表紙が白い。そこに黒くて太い文字でタイトルが書いてある。帯には中田敦彦かDaigoの推薦コメントが書いてある。内容は「話すより聞け」。偏見がすぎるかもしれないが、コミュ本への個人的な体感は概ねこんなところだ。こうしたバイアスや、ビジネス書を読むとなんだか焦ることもあって、この手の本は避けてきた。

 しかし『「話し方」の心理学』は、少し様子が違う。まず表紙が黄緑色。著者は外国人。ジェシー・S・ニーレンバーグさんという方らしい。しかも「心理学的な話し方」ではなく「話し方の心理学」。つまりコミュ本というより心理学本(っぽいタイトル)。これならば、あるいは。そう思って手に取った。日本経済新聞出版社発行、小川敏子訳。

 

全体をみて

 人間がコミュニケーションを行う際の心理状況を元に、効果的な「会話」を教えてくれる本だった。具体的な会話例もたくさんあって読みやすい。全部外国人どうしの会話だから、ちょっと日本人的な会話とズレる部分もあるけれど。

 本書が画期的なのは訳者あとがきにもあるように、「そもそも人は他人の話など聞こうとしない」そんな視点に立脚しているところ。会話は論理と感情がせめぎ合う場であり、会話相手には特有の事情がある。よって、聞き手は多くの場合、理性的に話を聞く用意などできていない。こうした出発点から、いかに会話を行うか。本書はこういった場面を想定し、ノウハウを教えてくれる。

 以下、覚えておきたいこと。

 

好ましくない感情と論理

 側から見て、明らかに不合理な選択をする人間がいる。そんな時、僕らは彼を相手にその行動の非効率さについて説き、合理的な選択を促したくなる。そして「なぜ非合理な行動をするんだ」と言う。相手より数段利口になった気がする。でも、相手はなぜか納得しないし、行動を変えようとしない。

 こういう場面にはよく遭遇するし、自分も説得する側、される側両方に立つことがある。このケースで、なぜ人は行動を変えようとしないのか、納得しないのか。それは「説得が的外れだから」である。彼の不合理な選択は、おおよそ感情的な理由からなされている。しかし、それを理由にしたら「自分は不合理な人間です」と喧伝することに。だから、もっともらしい理由をつける。

 我々はその付け焼き刃の言い訳に真剣を振りかざしてしまう。相手は馬鹿だ、自分は合理的だ、そう思い込む。相手からしてみれば、そんな理由はでっち上げたもので、本当は感情が背景にあるから、論破されたところで行動は変えない。むしろ苛立つ。

 こういう場面に遭遇すると、実に不快である。先日キャッシュレス決済を頑なに導入しない友人に、もう1人の友人がいかに新決済やクレジットカードが便利でお得かを説いていたが、彼は結局クレカを作らなかった。その際にいくつか理由を述べていたが、おそらくあれは結局のところ、めんどくさいだけだったのだろう。あとは金がなくて心に余裕がなかったか。

 外野から見ていれば、いかに説得しても彼がカードを作らないであろうことは明確にわかった。けれど一度説得モードに入ると、そうした視点は抜け落ちてしまうのだろう。自戒も込めて覚えておきたい。

 

抽象と具体

 抽象的な言葉は、射程が広い。個別の事例に共通の性質を抜き出して作った言葉なのだから、そうならざるをえない。「優しい」「高い」「良い」こんな言葉は各々頭に思い描くイメージが違う。だからこれを使うと、会話が噛み合わないことも。しかし高度なコミュニケーションをするとき、抽象語は必要不可欠である。

 そんな時には、抽象語のあとすぐに具体語を補おう。例えば「彼は親切だ。この間は電車を降りる時に他人が落としたものを、わざわざ自らも電車を降りて渡していた」。これならイメージが沸きやすい。

 

葛藤と反発

 営業などで人を説得する際、思いもよらない反発を受けることがある。でも著者曰く、こうした強い反発は提案を受け入れる前兆であるらしい。

 人は新たな決定をするとき、これまでの価値観から外れることに葛藤を覚える。現状維持は楽だ。しかし提案は明らかにメリットが大きい。こんな時、人は両者の間で揺れ動く。その葛藤はストレスにつながる。だから目の前の相手に「反発する」という形でそれを発散してしまう。

 こうした時はいったん引き下がるの賢明だ。その提案が本当に良いものならば、相手だってそのことはわかっている。ただ、感情的にそれを受け入れる準備ができていないだけだ。一度下がれば、怒りという形で葛藤を発散できなくなり、新たな選択と現状維持の間で再び揺れる。この苦悩を抜け出すにはニュートラルな視点でお互いを見比べ、提案の良さを冷静に認識してもらうことが必要だ。理詰めで押し切るのではなく、まずは相手の感情を尊重しよう。

 

話をするのは気が進まないようですね

 相手が会話に乗り気でない時は、ほとんどのケースで感情的なしこりがある。そんな時には「話したくなさそうですね。何か失礼がありましたか」と言ってみる。そうすれば相手は自分の反発に気づくし、感情的な対応を恥じる。感情の原因が自分でなければ、冷静になって話を聞いてくれるはずだ。

 

おわりに

 残念ながら人間は感情で動く。理性的に見える人でも。合理的な振る舞い以外は社会で受け入れられないから、そういうマスクをかぶっているだけだ。

 だからこそ、人と会話をする時には感情を注視しよう。「そんな風に思ってたのか」「最近どうですか」「〇〇なんですね」こうしたフレーズとともに、まずは相手の感情に寄り添い、発露を助けてやれば、円滑なコミュニケーションへの道が開ける。