森の雑記

本・映画・音楽の感想

アルテ ルネサンス期の女性画家

アルテ

ルネサンス期の女性画家

 

はじめに

 男女の平等がより強く求められるようになった昨今。夫婦別姓、就活のヒールなど目に見える形の問題もあれば、我々の意識や注意など、精神的で目に見えないことも男女差の課題として挙げられる。

 こうした事柄に関して、前者に関しては制度的アプローチの効果が大きいが、後者は制度での対応が難しい側面も否めない、というのが僕の考えである。そこで、意識の問題に対しては個々人がより強く性差を認識することが必要だ。

 例えば、保育士や看護師の仕事は、女性に「向いている」とする考え方は今なお根強いと思う。しかしこれは、「細やかな対面相手への気遣い」という能力を「女性的」だと評価した結果に過ぎない。男性でも気遣いが得意な人はいるだろうし、その逆もしかりだ。

 能力や性質に関する考察から性別を取り払うことは、「認識」の転換を手助けしてくれる。もちろん、両性の身体的特徴は生来異なるものがあり、それが能力や性質に影響する点は否めない。それを踏まえたうえで、性別に関係なく個人の性質を見られる社会になっていってほしい。

 と書くとなんだかフェミニストを気取るような文章になったが、今回読んだコミック「アルテ」はこうした性差と認識を主題のひとつとするもので、読みごたえがあったのでここで紹介したい。

 

全体をみて

 大久保圭さんが描く作品、「アルテ」は貴族の身分から画家を志す少女、アルテの成長物語だ。きれいで上品な絵と、魅力的なキャラクターが特徴である。この漫画のすごいところは各キャラクターの表情の描き分けだ。悪意の有無、悲しみ、無関心など、その時の心情がセリフのみならず、各登場人物の表情一つでなんとなく読み取ることができる。

 以下、中心的登場人物について。

 

アルテ

 本作の主人公。父を亡くし、後ろ盾を失ったところ、幼少より没頭していた「絵」を武器に一人で身を立てることを志し、レオのもとに弟子入りする。当時は女性で画家を目指す人が希少だったため、行く先々で様々な目を向けられる。彼女を支える人々が魅力的。

 

レオ

 アルテが師事する画家。彼女の性別を意に介さず弟子に迎える。9巻収録「金持ちとラザロ」のエピソードには一見の価値あり。仕事としての芸術制作にプライドを持っており、アルテを導く存在として描かれる。教えるのではなく、考えさせて「育てる」ところに愛を感じる。

 

ヴェロニカ

 高級娼婦。こちらもアルテを導く存在として描かれる。本作の女性は、①アルテがあこがれ的存在②アルテと対等な存在③アルテにあこがれる存在の3タイプが用意されており、彼女は①。美しい女性であることをあえて武器にしながらも、強く独立した人間であり、アルテは何かと彼女を訪ねては相談を持ちかける。

 

ダーチャ

 アルテにあこがれる存在。針子仕事をしているが、男女の賃金格差や仕事内容の格差に不満を貯めているとき、アルテと出会う。女性が認められにくい芸術の世界で奮闘するアルテを見て、彼女を目指す。読み書きそろばんをアルテから徐々に習っていく。

 

カタリーナ

 本作は「カタリーナ」姓の人物が二人出てくるが、そのうちアルテが家庭教師として赴任した先の上流貴族の子。彼女はそこまで強く性差について考えることはない半面、「身分」というものに違和感を感じる。この漫画では「女性としての」アルテと、「貴族としての」アルテの二つが描かれるが、カタリーナは幼いながら、「貴族としての」アルテを支え、励まし、批判する役目を担う。年齢差に関係なく、アルテから様々な価値観を学び、また新たな捉え方を教える対等な友人。

 

ユーリ

 一番好きな登場人物。登場当初は「食えない二枚目」的な感じだったけれど、次第に彼の狂った側面がみられる。おそらく前述のカタリーナ実の父であり、腹違いの兄の妻との関係がある。そつがなく、誰にでも好かれるし、気遣いができる。目的のために手段を選びつくす人間。

 

おわりに

 画家ものの漫画でいうと、ゴッホと画商を題材にした「さよならソルシエ」が有名だけれど、この漫画もすごくいい。ツタヤに平積みしていた書店員さんのセンスには脱帽します。本を選んで人に届けるという意味では、書店員も画商に似ていると思う。おいてくださった店員さんが女性か男性かはわからないけれど、あなたの本を見抜く力を尊敬します。