森の雑記

本・映画・音楽の感想

新作落語の舞台裏

新作落語の舞台裏

 

はじめに

 落語を生で聞いたことはほとんどない。中学時代、毎年の「古典芸能鑑賞日」で落語が対象になった会もあるが、大変失礼ながらほとんど睡眠に費やしたくらいである。落語とは縁のない生活を送ってきた。

 だが最近、YouTube立川談志の「芝浜」をみたり、インスタで落語を漫画にしている人の「頭山」をみたり、SNSの発達及コンテンツ発信の多様化によって、ちょくちょく落語に触れる機会が増えてきた。

 何事も少し知識がついてくると面白くなるもので、一度寄席に行ってみたいと思うまでに。ただ、今は古典的なネタは名手たちのモノがいくらでもネットで見られる時代である。せっかく行くのなら新しいものが見たい。それに何やら新作落語なるものもあるらしい。それなら足を運ぶのもやぶさかでない。そう思っている折に、小佐田定雄著「新作落語の舞台裏」(ちくま新書)を見つけた。感染症のこともあり、なかなか寄席には行きにくいから、まずはこの本を読んでみよう、ということで。

 

全体をみて 

 新しい落語作品が完成する背景、心境を知ることができる。小佐田さんが作った話ごとにパートが分けられ、各作品への思い入れを語ってくれる一冊。

 そもそも「落語作家」なる職業があることに驚くが、その作り方も面白い。小佐田さんは完全に落語家に「あてがき」をするタイプで、特定の「演者」に話してもらうことを意識して話を作っているそう。これはもらった方も嬉しいのではないか。

 以下、本書で面白かった落語とその裏側について。

 

だんじり

 人情もののお話。なくなった梅の一人息子、寅ちゃんのために秀・勝・米の3人はだんじり囃子を狸のふりをしてこっそり打つ続けるが、ある日諸事情によって3人ともだんじりができなくなってしまう。心配する3人の元に、雨の中だんじり囃子の音色が、、、というエピソード。

 これは「ほんまもんの狸が打ってるみたい」という言葉がサゲになるのだが、ここの解釈や表現が落語家さんによって違う、という話が面白い。ある方は「梅が打ってるみたい」と言ってみたり、ある方は最後に狸のシルエットを映し出してみたり、話し手によって多様なバリエーションがあるのが落語のいいところ。

 もちろん噺家の独自性を生かす「台本」を書いた小佐田さんもさすが。

 

ロボットしずかちゃん

 電化製品がしゃべるようになった世界を描いたSF落語。中でも「しずかちゃん」という電化製品は喋りすぎる他の機械を文字通り「しずか」にさせる機能を持っている。

 設定はスマート家電が主流になりつつある現在そう突飛なものでもない。けれどこれを落語に取り入れるのはなかなか。星新一小松左京筒井康隆らSF御三家が好きな著者ならではの作品。

 ところでこのタイトル、国民的アニメを意識したとしか思えないが、本書ではそこに触れられていない。

 

哀愁列車

 サゲがゾッとする話。タイトルは有名な楽曲からとったそう。僕はこの曲を知らなかったので若干ジェネレーションギャップを感じた。

 内容も面白いが、これを演じた雀三郎さんは最後の車内アナウンスを途中から口パクで行うそう。音を出さず、観客に想像させるなんともお洒落な落とし方である。裏方スタッフは音声トラブルかと思ってバタバタしたんだとか。

 

落言

 落語と狂言がコラボレーションすることがあるらしい。著者は狂言の台本も書いたことがあるらしいが、その時の心境に学ぶところがある。

 新しいものへのチャレンジを打診されるとき、人は誰でも尻込みする。でも、ほんの少しでも「いけそう」と思うなら、飛び込むべきだ。人は殻を破る瞬間に最も成長するものだし、一瞬でも光明をみたなら、大抵なんとかやり遂げられる。この挑戦があるからこそ、次の挑戦は2回目になって、それほどビビらずに受けることができる。

 「アウトプット大全」にもあった「学習領域」である

highcolorman.hatenablog.jp

 

おわりに

 冒頭で著者は落語には4つのサゲがあると言う。「ドンデン」「謎解き」「変(ハズレ)」「合わせ」である。それぞれにそれぞれの面白さがあり、「すべらない話」なんかも大抵はこのいずれかに分類できる。

 普段のエピソードトークでもこの辺りを意識するといいかもしれない。不必要な部分はなるべく削ぎ落とそう。

察しない男 説明しない女

察しない男 説明しない女

 

はじめに

 最近の世相からすると、信じられないようなタイトルの本「察しない男 説明しない女」を読んだ。「男はこう」「女はこう」みたいなレッテルを貼るのには反対だが、本書は2014年にディスカヴァートゥウェンティワンから出版されたもので、つまりかなり前の出版物であるから、致し方ない部分もあるかもしれない。

 いつだったかワイアードの記事を読んで「男性脳」・女性脳」といった分類への批判・反証を知ってから「男は理性、女は感情」みたいな見方には懐疑的になった。生活をしていても自分の考え方は「いわゆる」女性的なものだな、と思うことも多い。

 だから、五百田達成さん著の本書には少々疑問の目を向けて読み始めた。

 

全体をみて

 性別を元に思考の違いを描写していく本だと思ったら少し違う。本書はまず冒頭のチェックリストを使い、自分のコミュニケーションタイプが「男タイプ」「女タイプ」のいずれに該当するかを確かめるところから始まる。つまり本書はストレートな性分類をしていないのだ。

 タイトルと表紙に騙されたが、これはいいことだと思う。書き方や装丁の雰囲気を変えれば、十分今でも通用しそう。

 その上で本書は、「自分と異なるコミュニケーションタイプ」とうまくやりとりする方法を教えてくれる。「異性と」ではない。だからこそ本書は性差の本としてではなく、コミュニケーションの本として読めばけっこうためになる。

 ただし、著者の書き振りは男女で「脳梁」の大きさに差異があることを前提にしているところがあるので、その辺りには注意されたい。

 以下、面白かったところ。

 

どっちが先輩?

 いわゆる男性タイプの思考をする人間は、縦社会の慣習を大事にする。年次や肩書き等は、こうした社会で重んじられるもののうちのひとつである。これがはっきりしていれば、この思考タイプの人間はコミュニケーションが円滑になるし、この手の人間はこうした話をするのが好きである。というのが著者の弁。

 目上の人と話したり、初対面の人と話すときは、(相手が男性思考タイプであれば)さりげなくこの辺りを聞いてみよう。会話が弾むかもしれない。共通の知人や同僚がいたりすれば、当該人物と話し相手の関係を深掘ってみてもいいだろう。

 

変身願望

 いわゆる女性タイプの思考をする人間は、「新しい自分」「いつもと違う自分」に憧れる。幼少期にままごとを好むのもこのタイプの人間。

 こうしたタイプとコミュニケーションをとる時には「いつもと違うあなた」を演出するのがいいらしい。真面目な女性をお姫様扱いしてみたり、弟キャラの男性を兄貴分扱いしてみたり、、、こうすることで会話が弾み、より楽しく関係を深められるかも。

 

分析

 「男は分析されたくない」「女は言い当てられたい」と題するパートでは、男性タイプ思考と女性タイプ思考の自意識の差が語られる。前者は自分の性格や行動原理、遍歴を詳に他者が語るのを嫌い、後者は「こういう人」だと指摘されるのを好む。

 「分析」という行動はえてして上からものを言う形になるので、男性タイプ思考の人間からすればこれほど不愉快なことはない。だからこのタイプと話すときは、相手に「自己分析」をさせるのが良いだろう。注意するときやインタビューをするとき、こちらから「それって〇〇ですよね」と相手に印象を提示するのではなく、「それは何故ですか」と自ら話してもらうのがいいだろう。

 逆に女性思考タイプと話すときは「〇〇さんはこういう人なんですね」「意外と〇〇だなあ」と、ラベリングをしてみるといいかもしれない。「激レアさん」の若林研究員になりきろう。

 

ストーリー仕立て

 女性思考タイプには、結論ファーストの話し方よりプロセス重視の言葉が伝わりやすい。要求をして理由を列挙するのではなく、その結論に至るまでのストーリーを話せば、頭に入りやすいので、そうした会話を心がけよう。

 

おわりに

 冒頭でも書いたが、この本は「異性と」話すための本ではなく、「自分と異なるコミュニケーションタイプの人と」話すための本である。

 当初は自分と異なる思考法の人に合わせて会話するのは、テンポも悪く苛立つことがあるかもしれない。しかし、元来コミュニケーションとはそういうものである。他者理解と受容、この2つができなければ性別を問わず会話がうまくいくことはない。

 であれば、これを学ぶために、本書を読むことにも十分価値はあるだろう。

 

 

西の魔女が死んだ

西の魔女が死んだ

 

はじめに

 塾で中学生を教えていたら、模試の国語で「西の魔女が死んだ」の一節が登場した。鶏が登場する部分を読み、この物語を全部読んでみたいと思った。塾講師をやっているとこういう出会いがあるので助かる。

 新潮社発行、梨木香歩著。

 

全体をみて

 タイトルとは裏腹に、暖かくて色彩豊かな物語だった。モノクロの文章を読んで温度感や色鮮やかさを感じられるのって、すごいことだと思うんです。

 以下、好きな場面。

 

冒頭 

 素晴らしい作品は書き出しから素晴らしい。「吾輩は猫である」「青春ポイントの話をしよう」「これは私のお話ではなく、彼女のお話である」、、、。

 この作品だって名作たちに負けていない。「西の魔女が死んだ。4時間目の理科の授業が始まろうとしているときだった。」なんとも味わい深い。

 もしあらすじを知らずにタイトルをみたら、本作がファンタジー小説なのか、それともリアリティ小説なのか判別するのは難しい。「魔女」というワードは現在比喩でしか使われず、言葉が意味するところは判別しにくい。僕らはドキドキしながら最初のページを開くのだ。

 そこに出てくるのは、タイトルと同じフレーズ。まだ分からない。そして次の文章、ここで僕らはほっとするのだ。ああ、この小説は現実が舞台なのだなと。それでも違和感は拭えない。魔女?4時間目?いったいこの小説はどこに向かっていくのだろう。たった2つの文章だけれど、ワクワクをくれる、最高の冒頭である。

 

「マイ」サンクチュアリ

 病気の療養をしつつ、祖母の家に居候を続ける主人公のまい。彼女は祖母から土地をもらう。林の中にある小さなギャップ。柔らかな陽が差し込むその場所を、祖母は「マイ・サンクチュアリ」と呼ぶ。

 ダブルミーニングにいくつもの意味が重ね合わされた素晴らしい言葉。一人称所有格は誰にとっての一人称か。それともまい自身に祖母は「聖域」を重ね合わせたのか。主人公の名前はこの場面のみならず随所に効いてくる。

 

確かに起こること

 魔女は前もって起こることを予知できる。けれど、祖母はあえてそれをしようとしない。だから、祖母は先に起こることわからない。そんな祖母にも一つだけ、確実に予知できる未来がある。それは魔女でなくとも、人間になら誰だってわかること。

 梨木さんはこんな風に「死」を匂わせておいて、僕ら読者に準備をさせる。ここまでくると、タイトルの意味もこの本が迎える結末もおおよそわかる。ああ、くるぞ、と。

 だけどこの本はどこまでもやさしい。この次の場面「その時」が訪れるのは「魔女」ではなく「雄鶏」である。これはこれですごく悲しいのだけれど、まだ耐えられる。例えるなら、プールに入る前、体に水をかけて冷たさに慣らすとき。冷たい事に変わりはないが、これがある事によって入水時の衝撃は和らぐ。

 

後半

 本書の中盤はずっと穏やかな文調である。ぼんやりと柔らかい光の中、まいがすくすくと成長していくのがわかる。しかし後半〜終盤、物語は薄暗い雰囲気に包まれる。雨模様の描写が多くなり、不穏な空気が漂う。それはまるで祖母の故郷イギリスのように。

 

おわりに

 ここ最近読んでいなかったけれど、やっぱり小説はいいなと。新書やビシネス書と違って自分で解釈しながらじっくり読める。

 本書にはまいのその後を描いた「渡りの一日」が収録されているが、そちらも是非読んでほしい。こちらも冒頭に「母親の順子さん」というフレーズがあり、こちらもいろいろ考えさせられる。普通母親のことをこんな風には呼ばない。ってことは、、、みたいな。

アウトプット大全

アウトプット大全

 

はじめに

 1年ほど前からどこの書店に行ってもあるのが「インプット大全」と「アウトプット大全」。ずっとそれなりに気にはなっていたが、ビジネス書はあまり得意じゃない上に、「いつかyoutube大学でやるだろう」みたいな心境で、手を出してこなかった。けれどなかなかあっちゃんがやってくれないので、自分で読むことに。

 サンキュチュアリ出版、樺沢紫苑著。

 

全体をみて

 ビジネス書をそれなりに読んだことがあれば、どこかでみたことがある内容が多い本。本書の価値は経験則等でわかっていることが、改めて言語化される部分にあると言えるだろう。様々なノウハウを「アウトプット」という観点から集約したことは大いに評価したい。

 著者は自分の活動にかなり自信を持っているようで、(意欲的かつエネルギッシュで、成果もたくさんあげておられる方なので、こうなるのも当然だろうが)文章にややナルシズムを感じないでもない。

 以下、本書でためになったところ。

 

3:7

 インプットとアウトプットの黄金比。学習効果を高めるのにはこの比率が最もいいらしい。逆になっている場合が多い。

 自分の受験勉強や試験勉強を思い出しても、アウトプット先行でやっていたときは確かにうまくいっていた。教科書読むより手を動かせ。

 

思いは目で

 「目は口ほどにものを言う」。コミュニケーションの大半は視覚、聴覚情報の交換であり、言語情報はほとんど重視されないという「メラビアンの法則」も有名。

 だからこそ、伝えたいことは矢継ぎ早に言葉を発するのではなく、目をみてじっくりと伝えよう。沈黙していても目を見るだけで通じる気持ちもあろう。

 

書き出す

 ある実験では授業を聞く際に「落書き」しながら聞いていた人の方が飲み込みが良い、という結果が出たそう。黙々と聞くより手を動かしながら聞いた方が吸収できる、というのはその通りな気がする。

 複数人でミーティングをするときなんかもただ会話するより、ノートを広げさせたりホワイトボードを使ったりした方が食いつきがいい気もするし。脳内の情報は視覚的にアウトプットした方が吉。

 

デジタルデトックス

 人がぼんやりしているときは意外と脳が活性化しているらしい。僕らは常に小さな画面を眺め、情報をインプットし続けているけれど、これはアイデアを閃くのにあまり良くない。時折デバイスを投げ捨ててボーッとするのもいいかも。

 スマホを30分くらいみていると、どうしても気持ち悪くなるときってあるじゃないですか。

 

目標は公言する

 目標は口に出した方がいい。陰ながらやる努力は立派だけれども、人が応援してくれた方が頑張れる。目標もアウトプット。

 

学習領域

 人間の行動を捉えるのに、難易度を基準に三層に分けるやり方がある。一層目は「快適領域」。難なくできる行動を指す。次の層は「学習領域」。今はできないが多少頑張ればできる、そんな行動を指す。最後は「危険領域」。高すぎる目標、無謀な挑戦はここ。

 成長するためには二層目に進出し続けることが大事。できることばかりやっていても成長しないけれど、過度な挑戦には不安が勝つ。

 

おわりに 

 かなり王道なビジネス書だと思う。気になるのは、これだけアウトプットの重要さを説く本と対にインプットの本が出ていること。あっちはどんな内容なのだろう。

 

 

 

 

 

はじめての投資信託

始めての投資信託

 

はじめに

 高校時代に株式の勉強をしてから、ずっと投資に興味があった。教えてくれた先生もなるべく早く始めることを勧めてくれていた。けれど、部活、勉強、飲み会、、学生らしさを満喫するうちに、投資のことは頭の隅に追いやっていた。

 だが最近、半年前にYouTube大学で見た投資の動画やいくつかの本を読み、熱意を取り戻した。そこで最後の踏ん切りをつけるべく、おそらくやる(やれる)可能性が一番高い「投資信託」の本を最後に読もうと思い、日経文庫「はじめての投資信託」(吉井崇裕)を購入。

 

全体をみて 

 ある程度投資の知識がある方ならば、そこまで目新しい情報を含む本ではないように思う。あくまで確認に使う本か。

 けれど全くの初心者であれば、ためになることも多く書かれているので、読んでおいて損はないだろう。おそらくこの本のターゲットはこうした層。小一時間あれば読めるし、ちょうどいいのではないか。

 以下、本書で覚えておきたい箇所。

 

債券

 株式と同じく、債券にも投資ができる。最も有名なのは国債か。満期を迎えれば元本が返ってくるので、安全性の高い投資先と言える。その分得られる金利は決して高くないものが多い。安全性の度合いを判断するのには格付け会社のランクをチェックしよう。この債券も売買の対象になるが、価格は金利価格や物価によって変動するので、いいタイミングでいいものを買おう。

 

投資の始め方

 投資を始めるのには3ステップあると著者。①目標設定②配分決定③商品選びの3段階だ。素人がやりがちなのはいきなり③から入ること。僕もそうなりそうだった。

 ①で元本を何%増やしたいのか、また許容できるリスク(損害)は何%か、をきちんと決めないと、その後の商品選びに基準がなくなってしまうので、必ず定めよう。目標に見合った商品がないのであれば、その目標は現実離れしており、「投機」をしないと達成できない可能性が高い。

 それから②についても。いくつかの種類の投資先に分散投資をするのが投資の基本であるが、複数選ぶときにはお互いに無相関、逆相関のものを選ぶとリスクが分散できる。

 ①②が決まったら、ようやく銘柄選び。

 

タマゴは一つのカゴに入れない

 全ての卵を一つのカゴに入れると、落としたとき悲惨なことに。投資の世界では古典的な言い回しらしい。分散投資

 

インデックス>アクティブ

 ほとんどのアクティブファンドはインデックスファンドに勝てない。これはもはや常識と言っていいだろう。手数料(信託報酬)が高いことが要因の一つ。窓口にいかず自分でインデックスファンドに投資する。

 

分配金に注意

 決算期に「分配金」を払い出す投資信託がある。商品を買った後、定期的にお金が入ってくるので一見お得そう。でもこれ、注意が必要。この分配金は元本を取り崩して払い出している可能性がある。目先のお金に気を取られず、元本をきっちり成長させてくれそうなファンドを選ぼう。

 

おわりに

 これまで何本もの動画、何冊もの本を読んだ。そろそろ口座開設ぐらいはしないと。

 

 

マンガでわかる 「西洋絵画」の見かた

マンガでわかる 「西洋絵画」の見かた

 

はじめに

 美術の本を読むのはこれが3冊目だ。全て入門書というか、門戸を広くとった本であり、これらを読んでいると少しだけ美術にも明るくなった気がする。

 今回は誠文堂新光社発行、池上英洋監修、まつおかたかこイラスト「マンガでわかる西洋絵画の見かた」について。

 

全体をみて

 3冊読んだ中では一番わかりやすい本だった。というのも、本書はイラストやマンガがふんだんに盛り込まれていて、文字での説明はそこまで多くないのがその理由だ。読み込むことなく、ビジュアルに情報がとれるとっつきやすい本だと思う。

 内容は全6章、時代ごとに西洋美術の変遷を追う形式である。各章は「導入」「名画を読む」「巨匠ストーリー」の3つに分かれていて、ストレスなく読み進めることができる。巨匠にまつわるゴシップ、名画の見所などがすっきりとまとめられており、多くの人にお勧めしたい。

 以下、各章気になったところ。

 

第1章 ルネサンス

 十字軍をきっかけに起こった文芸復興運動期の美術を紹介するところから、本書が始まる。レオナルドダヴィンチ、ボッティチェリ、ラファエッロ、、、世界史の教科書で目にしたスーパースターたちの美術品はやはりどれも美しい。

 この章の「名画の読み方」ではかの「モナリザ」が紹介されるページがあり、そ子にあった記述に驚いたのでご紹介。実はこのモナリザ、モデルは商人の妻、リザ・デル・ジョコンドさんなのだそう。当時の記録から明らかになっているらしい。「モナリザ」はなんとなく「誰を描いたかわからない」的な謎があると思い込んでいただけに驚き。

 もう1つ、この章で一番好きな絵を紹介したい。それはボスの「快楽の園」。観音開きになっている三連作品には、様々なモチーフが散りばめられており、なんとも狂気的。明るい色彩が逆に不気味な作品である。ミッドサマーっぽい。中央の絵、奥のほうにあるピンク色の建物は怪しい新興宗教の建築物のよう。キリスト教世界を表現した絵に新興宗教っぽいという形容詞を用いるのは、我ながらどうかと思うけれど。

 

第2章 バロックロココ

 優美なサンスーシ宮殿お馴染みロココ様式と、ダイナミックなバロックの美術、どちらもルネサンス後に登場したムーブメントである。

 この章で好きな絵画はフラゴナールの「ぶらんこ」。森の奥、神秘的な世界で戯れる男女を描いた作品には、なんとなく性のニュアンスを感じる。光の表現はとても柔らかだし、ぶらんこに乗る女性をみる男の顔はなんとも助平そう。動的なものの一瞬を切り取って静謐に仕立て上げるフラゴナール先生、あっぱれ。

 

第3章 新古典主義ロマン主義

 この章は「導入」を紹介したい。まず新古典主義について、柔らかで優美なロココへのアンチテーゼとして登場したこのイデオロギーは、やっぱり理性的でかっこいい。しかし、真面目一辺倒では飽きてしまうのが人間の性。アンチテーゼへのアンチテーゼとして、感情、完成にしたがったロマン主義が誕生、こちらも芸術界を席巻する。このように、美術は反骨心から成立していくことが「導入」からわかる。

 前者の代表作品として有名なのは「球技場の誓い」「グランドオダリスク」、後者で有名なのは「民衆を導く自由の女神」など。

 

第4章 写実主義から印象派

 フランス革命後、万国博覧会が開催されるなどグローバル化が進む西洋。価値観は相対化され、自由な気風は濃くなっていく。そこで生まれたのが「印象派」である。これはモネの作品を見た批評家が、「印象にすぎない」とこき下ろしたところから来ている名前。

 この章最初に登場する「巨匠ストーリー」ではクールベが紹介される。冒頭に彼の自画像が載せられているが、至極イケメン。知性、品性をふんだんに感じさせる色男である。顔ファンもさぞ多かろうが、実家は金持ち、身長も高いというまさに日の打ちどころがない。絵もうまい。

 それからゴーギャン。晩年タヒチに移った時に描いた絵「我々は何処から来たのか、我々は何者か、我々は何処にいくのか」という長ったらしい名前の作品が素敵。なんとなく月と6ペンスを彷彿とさせる。

 

第5章 世紀末芸術

 この章で注目したいのは、なんと言ってもミュシャ様である。先日のミュシャ展にも足を運んだ。今っぽいというか、現代ソシャゲ・カードゲームのアートワークとしても通用しそうなくらいキャラ感のある作品が持ち味。肖像画だけでなくデザインにも類稀なるセンスを持っている、一押しの芸術家です。

 

第6章 20世紀の美術

 いよいよ現代に肉薄。ゲルニカをはじめに「美しさ」より「思考」が表現される作品が増えてくる。

 この章で紹介されるルソーという画家は、著者のお気に入り。ルソーとは言っても社会契約論のあの人ではない。彼の絵は有り体に言えばなんだか下手くそ。でも奇妙な目をした人物に何処か親近感を持ってしまう。著者が本書の表紙に据えたのも、わからなくはない。

おわりに

 見れば見るほど美術館に行きたくなるのがこの手の本である。でも、本だけでわかるほど芸術は甘くない。先日足を運んだ21世紀美術館では、常に?を頭に浮かべて作品を鑑賞するしかなかった。多少アートをわかっていても、想像を遥かに超えてくるのがアートのすごいところだ。時間があるうちに、いろいろな美術館に行っておきたい。

 

 

 

 

 

 

パブリックスピーカーの告白

パブリックスピーカーの告白

 

はじめに

 人前で話すのはけっこう好きなほうだ。みんなが自分の方をむいてくれているのはちょっとした快感だし、何もしてなくても偉くなったような気分になる。

 けれど、今までこう感じてこられたのは、そのスピーチに責任やお金が絡んでいなかったからかもしれない。話す相手はある程度自分のことを知っている人だったからかもしれない。

 講演家=パブリックスピーカーは違う。お金をもらい、有益な情報を、自らの知らない人に対してもアウトプットせねばならない。しかも面白く。

 今回はそんなパブリックスピーカーの本、オライリー発行、スコットバークン著「パブリックスピーカーの告白」について。

 

全体をみて

 この間読んだ「アイデアスケッチ」的な和訳本。

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 つまり直訳っぽい日本語が少し気になる。

 内容はウィットに富んで面白く、大衆を前に話す仕事について、心がまえやハウトゥーを率直に書いている。というか率直すぎる。

 以下、好きなところ。

 

恐怖は集中を産む

 人前で話すのは緊張するもの。しかしこの時「緊張しないように」と考えるのはほとんど無駄。恐怖は無意識に起こる反応であり、意図的に制御するのは実質不可能であるからだ。

 ならば恐怖はポジティブに捉えよう。好きな人をデートに誘う時、仕事に応募する時、こんな時人は恐怖するが、それによって「万全を期す」ことができる。不安や緊張は自身を磨くモチベーションに変えてしまおう。

 

笑ってほしければ

 まず自ら笑おう。しかしその時、聞く人と自分がつながっているようにしよう。

酔っ払いの悪ふざけがしばしば笑えないのは、相手と自分が断絶しているから。環境、状況を共有した上でにっこりとすれば、相手だって同じことをしてくれるはず。

 

スピーチの作り方

・具体的なタイトルを考える(「〜をするのはなぜダメか」など)

・タイトルに関してアイデアを出す。精度、出来不出来は問わず、とにかく出す。

・アイデアに順位をつけ、上からいくつかを残す。

・このアイデアを骨子に話を作る。タイトルは必要に応じて変える。

とにかくアウトラインを作るのが大事。

 

興味深い存在になるには

 正直になろう。ほとんどの人が躊躇うことを言えれば、共感する人が必ずいる。一定数には反感を買うかもしれないが、正直であればまず興味が得られる。

 例えば「休日は何をしてる?」という質問に対し、「日によるけど、趣味とかなあ」と答えるよりは、「この間の日曜は一日中ベットに寝転んでネットフリックスをみていた」という方が好感を得られることもあろう。

 

沈黙は主張

 会話中に「あー」とか「えー」とか言わない。これは聞く側の集中を奪う。無駄なことを喋るくらいなら、無言がいい。それどころか意図的な無言はオチを際立たせたり、主張をわかりやすくする効果もある。一流のスタンダップコメディは20%〜30%が沈黙である。直すのは難しいけれど、話している最中の繋ぎ言葉を減らす練習をしよう。

 

おわりに

 人前で話すことのメンタルセットがよくわかった。あとは練習あるのみ。スピーチを上達させる唯一の方法は「練習」だとスコットも言っている。