森の雑記

本・映画・音楽の感想

いちばんやさしい美術鑑賞

いちばんやさしい美術鑑賞

 

はじめに

 先日、国立西洋美術館の「ロンドンナショナルギャラリー展」に行った。「ひまわり」を含む日本初公開の絵画たちを目の当たりにし、とても感動した。だがそれと同時に、「もっと楽しみたい」という欲求が生まれた。僕は芸術に明るくないので、どれを見ても「きれいだ」「よくできている」「有名なやつだ」「ここはどんな気持ちで描いたんだろう」みたいな、とりとめのない感想しか出てこない。いつだったか「13歳からのアート思考」を読んで多少は心得を持ったつもりだったが、付け焼き刃に過ぎず、なんとなく消化不良のまま展覧会を後にしたのだ。

 それがとても悔しくて、すごくもったいない気持ちがしたので、ここはひとつ美術を勉強しようと思い本を探したところ、ちくま新書「いちばんやさしい美術鑑賞」を見つけた。ブログ「青い日記帳」を書く中村剛士さんを著者に据えた一冊である。

bluediary2.jugem.jp

 

全体をみて

 自称「素人」である著者が「美術鑑賞の入口」と呼ぶ本書は、デスマス調で書かれた親近感の湧く本だ。専門知識、予備知識を一切持たずに読むことができるので、僕のような人間にはうってつけである。十数点の絵画や工芸品を紹介されながら「美術の楽しみ方」を学べば、美術館に足を運びたくなること間違いなし。

 以下、気になった作品とその楽しみ方。

 

グエルチーノ「ゴリアテの首を持つダヴィデ」

 マニアでもない限り、画家グエルチーノを知る人は少ない。そんな彼の作品を題材にして「聞いたこともない画家の作品」を鑑賞する術を学ぶ。

 この作品は、かのダヴィデ王が巨人ゴリアテをやっつけた姿を描く「歴史画」である。そんな歴史画を楽しむには、その絵が歴史や聖書のどんな物語を題材にしているかを知ることが手助けになる。「ゴリアテの首を持つダヴィデ」で言えば、かつてのイスラエルダヴィデが巨人ゴリアテと戦う物語がそれに当たる。それを踏まえて絵をみると、絵の中のダヴィデは敵を倒したとは思えないほど穏やかな顔をしていることがわかる。そして上に向けられた視線は何をみているのだろうか、そんな疑問が浮かぶ。

 というように、絵画の示す物語を把握しながら少しづつ想像を膨らませれば、絵画を楽しむ幅がどんどん広がる。

 ちなみにこの絵画、国立西洋美術館に常設展示されているそう。本を読むのが遅かった。

 

セザンヌ「サント=ヴィクトアール山とシャトー=ノワール

 今度は山と城を描いたセザンヌの作品。セザンヌは「近代絵画の父」と呼ばれるが、一体何がすごいのだろう。

 作品をみてみると、カクカクしたオレンジ色の建物と真っ白な山が目に入る。でもこれ、作品名をみてからじゃないと山と城だとは思えない。つまり、全然写実的じゃない。セザンヌの魅力と偉大さはここに詰まっている。自分が書きたいように、現実を脳内で構成し直した作品は、当時の「見たままを写実的に再現する」風潮へのカウンターだ。彼の登場により、絵画はリアルから解放されたと言っても過言ではない。そう言えるほどのパラダイムシフトを起こしたからこそ、「近代絵画の父」なのだ。ピカソなどは明らかに彼の影響を受けていて、多角的な視点を一つの絵に取り込んだ作品はまさに「リアルから解放」された作品だ。ピカソピカソで他にもすごいところがあるけれど。

 一見で「子供が描くような作品」と揶揄されがちな彼らの作品は、きちんと理論立てられて構成されていて非常に美しい。きちんと味わうべきである。

 それにしても、「見たままを描かない」境地に辿り着けるなんて、天才すぎる。

 

デュシャン「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも」

 タイトルが素晴らしくかっこいいデュシャンの作品は、見ても何を描いているのかが全くわからない。タイトルと絵の関連すら想像できない。現代アートは本当に何を描いているのか全くわからないなんてことがよくあるが、デュシャンはその嚆矢とも言える存在だ。

 では、そんな作品をどう楽しむか。答えは「考える」ことだ。作品には。タイトルには、一体どんな意味が込められているのか。図形は何を示しているか。そんなふうにあれこれと頭を捻ることが、現代アートを楽しむことである。

 デュシャンによって、芸術は見るものから考えるものに進化したのだ。そう言われれば何時間だって絵画の前に立って、あれこれと思いを巡らせたくなりませんか。

 

池永康晟「糖菓子店の娘 愛美」

 日本画の手法で描かれた作品。具体的な名前と力強い目線に魅せられてしまう。池永先生は今も活動される現代の画家で、Twitterなどで作品を積極的に公開することでも有名だ。そんな現代作品をどう楽しむか。

 芸術作品の評価はその作品が持つ歴史等も踏まえてなされるので、新しい作品への風当たりが強い。だから現代のアーティストへの評価は必ずしも一定しない。であれば、自分の好きなものを見つけて愛せばいい。現代芸術を愛でる良さはアーティストの新作を見続けられることにある。あるアーティストのファンになって「追っかけ」をやるのは今を生きる者の特権だ。

 ちなみにこの「愛美」さん、「ゲスの極み乙女」のほないこかにめっちゃ似てる。

 

おわりに

 本書では絵画の他に工芸品の楽しみ方も紹介する。「自分なら何に使うか」を想像するのが楽しむコツだそうで、実用に作られた工芸品はやっぱり使ってなんぼ、もちろん拝借することはできないので頭の中で、というわけだ。

 昨日江戸東京博物館に行っていくつか器を見た。早速その見方にチャレンジしたところ、その器を見ても「プリンを入れて揺らしたい」という感情ばかりが浮かんだ。これもまた一興、ということでひとつ。