森の雑記

本・映画・音楽の感想

名文どろぼう

名文どろぼう

 

はじめに 

 以前竹内政明さんの「編集手帳傑作選」を読んだ。笑える文章から大切に取っておきたくなる文章まで、バリエーション豊かなコラムが揃っていた。さすがは傑作選。そんな竹内さんの別著に「名文どろぼう」(文春新書)がある。新聞のコラムは引用が多いとは言え、まさか「どろぼう」とは。いったいどんな本なのか、興味があったので。

 

全体をみて

 本書は竹内さんが古今東西の「名文」をトピックごとに紹介するものである。短歌、エッセイ、スピーチなど「どうやってこんなに集めたの」と聞きたくなるくらい数多くの流麗な文章が登場する。しかもただでさえ紹介される文章がいいのに、語り手が竹内さんとくればもはや鬼に金棒。豪華な一冊である。

 ただジェネレーションの違いなのか、引用される文章は古いものも多く、背景にピンとこないことも。この辺りはミレニアル世代にはきついところか。

 以下、好きな文章について。

 

学問の自由はこれを保障する

 竹内さんが一番好きな憲法の条文。お馴染み23条「学問の自由」規定である。最近何かと話題になった条文だが、これには単純に「研究の自由」だけでなく、「研究の自律」も含まれるという見解をきちんと押さえておこう。さておき。

 竹内さんはなぜこの条文が好きなのか。それは「五七五」調だからである。「学問の 自由はこれを 保障する」確かに。大学で憲法を勉強し、何度もこの条文を見たはずなのに全く気がつかなかった。着眼点がニッチ。

 実は法律には他にも「五七五」があるようだ。民法882条「相続は 死亡によって 開始する」。この条文にはテストで相当悩まされた記憶がある。相続のところは論点が多いんですよ。改正によって文章が変わらなかったことを安堵すべきか。

 

「分つた」「象だ!」

 甥っ子相手に英語の家庭教師を買って出たのは檀ふみさん。「エレガント」の意味を甥に聞くと、なかなか出てこない。そこでふみさんはちょっと気取った仕草をしてみせる。この仕草を日本語にすればいいのだと。そこで甥っ子「分かった、象だ!」。

 おそらく甥は檀さんの仕草など眼中になく、必死で考えた結果脳内の「エレファント」にたどり着き、それを取り違えたのだと思うけれども。にしても笑いが止まらない。

 

とりかえしつかないことの第一歩 名付ければその名になるおまえ

 みんな大好き俵万智さんの歌。命名ってかなり人を縛るし、突拍子もない名前や珍しい名前は、良くも悪くも人生に影響を与える。僕にも思い当たるところがあります。

 本書では俵万智さんの短歌がもう一つ紹介される。「いきいきと息子は短歌詠んでおり たとえおかんが俵万智でも」愛情たっぷり。「とりかえし」で「おまえ」を平仮名にするのもそうだけど、俵万智さんの歌には本当にあったかい何かがある。

 

天才とは

 「天才とは、蝶を追っていつの間にか山頂に登っている少年である。」と言ったのはジョン・スタインベック。これは言い得て妙。ノーベル賞を取るような人のインタビューを見ていても、本当に「好き」なんだなあ、と思うことが多い。

 

運の貯蓄

 人間には運を「貯蓄」するタイプと「消費」するタイプがいる、と語ったのは色川武大。数ある名文のうち竹内さんが最も影響を受けた文章らしい。

 自分にいいことがあるのは、誰かが運を貯蓄してくれたおかげ、そう考えると謙虚になれる気がする。

 

おわりに

 読み終えるととても暖かい気持ちになれる本だった。ミレニアル世代にはきつい、と書いたが前言撤回。引用元をきちんと調べてもっと味わいたいと思えるプレミアムな一冊。