森の雑記

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言葉から文化を読む

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アラビアンナイトの言語世界

 

はじめに

 この間に引き続きまたアラビアンナイト関連の本を読みました。

 臨川書店西尾哲夫著。

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全体をみて

 臨川書店の「フィールドワーク選書」シリーズの本。フィールドワークに焦点を当て、多くの人に興味を持って欲しい、ということで始まったシリーズらしい。

 西尾さんがアラブのさまざまな場所で行う言語学のフィールド調査の描写に漂う異国情緒が素敵な一冊だった。言語学や比較人類学の専門用語もちょくちょく出てきてはてなマークが頭に浮かぶこともあったが、少なくともルポ部分に関してはとても楽しく読める。

 以下、著者のエピソードや見解のうち面白かった部分について。

 

自爆テロ

 エルサレムでタクシーに乗っていた著者は、タクシー運転手と揉め事を起こす。どうやら運転手はアジア人に料金を吹っかけようとしているらしいが、著者は歴戦のフィールドワーカー。言葉もわかるし反論もできる。そこで口論になった後、無事正当な料金を支払い終えた時、事件が起こる。凄まじい爆発音、騒然とする街、自爆テロが起こったのだ。

 この事件に関する著者のコメントが素晴らしい。「アラブとユダヤという集団間のにくしみが、どうして自爆というひとりの人間の自己否定による行為に帰結しなくてはならなかったのだろう」(p6)。人命がかかった場面のコメントに「素晴らしい」というのは大変不謹慎だけれど、著者の言葉は自爆行為の虚しさをとてもうまく言語化していると思った。このような悲劇はいつかなくなるのだろうか。

 

金田一京助

 現地の言葉を知るために、紙に黒ペンでぐちゃぐちゃした絵を描き、それを現地人に見せる。すると彼らはそれを見て我々でいう「何?」に相当する言葉を発する。それができれば、あとは彼らの持ち物やあたりのものを指差して、先ほど得た「何?」という言葉を使えば、現地語は収集できる。こんな話を聞いたことがないだろうか。

 これは有名な言語学者金田一京助アイヌ語を調査した時のエピソードだと言われている。でもこの話、本当は実話でないそう。金田一はフィールドワークに入る前から予めアイヌ語をある程度習得していたようだ。

 

りっぱな血をひくおこないのすぐれた人びと

 シェークスピアの「ヴェニスの商人」には、「1ポンドの人肉」の話が登場する。これは自らの肉を借入の担保にするというエピソードで、知っている方も多いだろう。

 本書ではこの説話が度々話題にあがる。というのも、アラブ世界にもこの「1ポンド」モチーフを持つ「りっぱな血をひくおこないのすぐれた人びと」という話があるためだ。離れた2つの地に、どうして同じような説話があるのか。どちらかから伝わったのか、偶然同時発生したのか。いつできたのか、など疑問は尽きない。

 

アラビアンナイトの面白さ

 著者がアラビアンナイト研究の末たどり着いた結論は「アラビアンナイトのおもしろさは、教訓から逸脱したところにある」というもの。アラビアンナイトには理不尽な話や肉感の強い話、突拍子もない話など、いまいち教訓や伝えたいことがわからない話も多い。しかし、そこに面白さがある、ということだろう。

 先日読んだ「アラビアンナイトを楽しむために」の著者も同じようなことを書いてい他ので、これはもしやアラビアンナイト通の間ではまことしやかに語られている見解なのかも。物語から何を取り出すかは読み手の自由だし、取り出さないのもまた自由だ。

 

色眼鏡としてのアラビアンナイト

 1704年、ガランがヨーロッパに「アラビアンナイト」を紹介して以来、ヨーロッパの人々は常にこの本を通してアラブ世界を見てきたと言っても過言ではない。サイードはこうしたオリエンタリズムを批判するが、逆にヨーロッパのアラブ系移民がアイデンティティを求めてアラビアンナイトを読むこともある。

 このようにアラビアンナイトは欧州がアラブ世界に持つ偏見、憧れ等々さまざまなものを導き出してきた。

 というようなことを著者が言っていると(個人的に)思う。三章にあるこの辺りの話がすごく面白くて、うまく文章にできないのがもどかしい。「何かアラビア的なもの」の総集編とも言えるアラビアンナイトの功罪、紹介者のバイアス、いろんな面でこの千一夜は魅力的だなと。

 

湾岸戦争

 アラブの遊牧民などはは最新情報に疎いというイメージをもたれるかもしれないが、それは誤りである。彼らは普通に仏製デュラレックスの食器を使っているし、情報電鉄が非常に早い。湾岸戦争が起きる前には、独自の情報網で素早く戦争のスタート日を予測、著者に帰国するよう促したそう。著者の見解では数週間は猶予があるだろうと見ていたが、彼らは数日後に開戦を予測、結果は遊牧民たちのいう通りであった。

 

おわりに

 日本神話ブームがきたり、民俗学ブームが来たり、アラビアンナイトブームが来たりと、忙しなく読む本のタイプが変わるなあと自分で思う。興味の範囲が広がっていくのは良いことだと思う。次は何を見つけられるかなあ。