森の雑記

本・映画・音楽の感想

嬉しかったこと

嬉しかったこと

 

 本が好きなおかげで嬉しいことが起こった。それも、同じ日に2つ。

 

 喜怒哀楽等々の感情が読書自体によってもたらされることは多い。素晴らしい小説を読んだ時や、悲痛な事実を伝えるルポを読んだ時など、本それ自体は僕たちに多くの感情をもたらす。

 けれど、20年と少し生きてきた中で、「読書好き」という僕の性格自体が「嬉しい」を運んでくれることは滅多になかった。読書が好きだから得をすることはあれど、感情を揺さぶられることはあまりに少ない。

 

 僕の大学は、コロナ禍における学内入構禁止措置に伴って、図書の郵送サービスなるものを始めた。図書館に出向き資料を借りることができない学生に対し、こちらが指定した図書を郵送する取り組みだ。しかも無料。これなら在宅で図書館の本が読める。

 これはとんでもなく素晴らしい試みであると思う。他の大学の事情には明るくないけれど、こうしたサービスをする我が大学は素敵である。図書館で働く人々にも、この取り組みを決めた人にも声を大にしてお礼を言いたい。ありがとうございます。

 さて、そんな郵送サービスを僕はここぞとばかりにフル活用している。今日まで新書、学術書、小説、ジャンルを問わずたくさんの本を思うがままに注文してきた。累計で20冊は注文したのではないか。

 だが、この方式には大きな欠点もある。それは、本を手に取って検討できないことだ。僕みたいに「本を読みたいけど何を読みたいかはぼんやりしている」人間は、書店にせよ図書館にせよ、とにかく本の森をウロウロとさまよう。そして、見つけたものの厚さや装丁を一通り確かめてから購入なり貸し出し手続きに向かうことが多い。今回のサービスにおいてはそのウロウロ法が使えないのである。これは由々しき事態だ。

 そのため僕は、家にこもりながら「ウロウロ法」を行うための作戦を立てた。

①図書館のオンラインページ、「蔵書検索」の「キーワード検索」を駆使する。

②検索ボックスに「ちくま」「政治」「エッセイ」など、抽象的な言葉を入れ込む。

③出てきた本の一覧をひたすら眺めてめぼしい本を探す。

 作戦は3ステップである。これによって、なんとなく読みたいジャンルや出版社さえ決まっていれば、近い分野の本が集まったオンライン上で、森の中をだらだらと歩くことができる。たいていページ数や発行年が合わせて記されているので、厚みや本の古さも想像できる。唯一、本の装丁は見られないけれど、まあよしとする。別サイトやアマゾンでレビューを見ればわかるって?それは確かにおっしゃる通りである。でも、本を手に取らねば質感まではわからない。

 

 そろそろ本題の「嬉しいこと」に移らねばなるまい。

 先ほど、本の装丁が見られないことを欠点として挙げたが、今回のハッピー1つ目にはこの欠点が大きな役割を果たした。システムの都合上、表紙や質感を確かめることなく注文した2冊の本が届いたのは昨日のことである。郵便局のおじさんから包みを受け取り、封筒とプチプチで厳重になされた梱包を丁寧に剥がす。そして、思わず笑顔になった。送られてきた2冊の本は、まるで宝石のように綺麗な装丁をしていたからである。1冊はすごくカラフルで、サファイアブルーをベースに様々な色がちりばめられており、もう1冊はルビーのように真っ赤だった。その時紛れもなく、「嬉しい」と言う感情が芽生えた。大袈裟な梱包が余計に気分を増幅させたのはあるだろう。それでも、サプライズ的にこんなに色鮮やかなものを見たら、きっと誰だって嬉しくなるはずだ。僕は、本が好きでよかったと心から思った。

 

 だいぶ話が長くなったが、嬉しいことの2つ目に話を移す。それは、何度も本を注文する僕に毎度本を届けてくださる郵便配達のおじさんに、

「森さんは読書家だねえ」

と言われたことだ。5度目の配達くらいから、毎回たった数冊のためにここまで来てもらって申し訳ないな、と僕は思っていた。もっと早く思えよ。それでも、なんだか自分の都合に他人を振り回しているようで、ほんの少しの後ろめたさがあったのは事実だ。けれど、そんな気持ちはたったひとことで晴れた。おじさんが京都人でもない限りは、素直に感心してくれたのだろうし、言葉の端からは彼の穏やかな性格が伝わってきた。

 最近はウイルスの影響でろくに外出もしていないし、人にもあまり会っていないのでやっぱり気が滅入る。一人で本ばかり読んでいるからそんな気持ちは加速する一方である。けれど、彼のおかげで、「本を読むのって良いことなんだな」と気持ちがほんの少し前向きになった。

 

 人間は、皿を割ったとか小指をぶつけたとかで簡単に気分が落ち込む生き物だ。他方、少しの驚きや全く他人のひとことで、案外すぐに気分が良くなる生き物でもある。その引き金がよもや読書好きの性格になるとは思いもよらなかったけれど。二重の意味で息苦しさを感じる日々ではあるが、それも悪くないな、と思えた日だった。

 

www.kawade.co.jp届いたのは、この本と西加奈子先生の「ごはんぐるり」です。