森の雑記

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医者と患者のコミュニケーション論

医者と患者のコミュニケーション論

 

はじめに

 人間はコミュニケーション能力を求めている。就職活動の面接、友達作り、飲み会…多くの場面で円滑にコミュニケーションが行えれば、人間関係は良好になる可能性が高いからである。そのせいだろうか、巷にはコミュ力本が溢れかえり、しまいには相手の心を読む技術を指南した本まで店頭に並ぶようになった。

 そんな多くの人がコミュ力アップのために、この本を手にとることはきっとない。それはタイトルのためでもあるし、新書という形態のためでもあろう。だが、コミュニケーションに関して、間違いなくこの本は名著だと僕は思う。今回は新潮新書発行、里見清一先生著の「医者と患者のコミュニケーション論」について。

 

全体を見て

 東大医学部卒でガンの治療などに携わる医師、里見清一先生が研修医に向けて書いたのが本書である。しかし、この本に書いてある多くのことは、医師でなくとも考慮すべきであると思う。また、あけすけで尊大ながら深い教養に裏打ちされた先生の言葉は、飲み水のようにさらさらと脳内を満たす。端的に言えばとても読みやすくて笑えるということだ。本書はブログを書き始めてから読んだ新書の中で、僕的No1の一冊だった。

 以下、心に残ったパートについて。

 

1 「面倒」こそがコミュニケーションの本質

 コミュニケーションとは、えてして面倒である。この章で紹介される病院の「紹介状」制度についての記述が面白い。

 ある患者を他の病院に回す時、多くの医師は丁寧に紹介状を書く。けれど、患者がそれを持ってほかの病院に行くと、もっと丁寧な断り状を持って戻ってくることがある。しかし、担当医が電話で患者の受け入れを申し入れると、頼みを受けてくれることが多い。と著者は言う。電話をかける行為はコミュニケーションのハードルが高い。つまり面倒である。それに比べて一筆書くのは相手と直接のやりとりがいらないから、ハードルが低い。だが、結果としてどちらが効果的かと言えば、やっぱり直接の、「面倒」なコミュニケーションに軍配が上がる。

 この話を聞いて、なるほど、と思った。医師でなくとも、やりとりはメールやラインの方が簡単である。それがデートの誘いやら内定辞退の連絡だったりすれば尚更のことだ。誘う方も断る方も直接でない方がやりやすいのは人間の本質なのかもしれない。

 逆に、ここぞという場面をメールで済ませる人は多くない。プロポーズをラインでする人を見たことがないだろう。つまり、直接のやりとりを望む姿勢は真剣さの現れであり、逆にそれを望まないのは、まともに取り合う気がないことを暗に示しているのだ。ラインは頻繁にするのにデートにいけない人は学ぶべき姿勢だ。

 

3 共感を示す「型」の習得

 ここで紹介される「SPIKESプロトコール」が興味深い。

 SPIKESプロトコールとはコミュニケーションの方法論である。Setting(場の設定) Perception(相手がどの程度認識しているか) Invitation(相手がどの程度知りたがっているか) Knowledge(知識や情報を伝える) Emotion and Empathy(感情と共感) Strategy and Summary(方針と要約)の6項目の頭文字をとって「SPIKES」と命名された。

 これは医師が患者と面談する場合を想定してるので、一般的な会話に流用できない部分ももちろんある。それでもやはり、お洒落なレストランでするべき会話と安居酒屋でするべき会話は異なるだろうし、相手が聞きたくもない話を続けていては会話は盛り上がらない。場所や相手のニーズを考慮した上で、必要な話をする。加えてきちんと感情、共感を用いることが会話のコツになる。

 

5 患者と「仲良くなる」方法

 同じ言動でも、赤の他人のそれと親しい人物のそれでは大きく評価が異なる。自分の言動を好意的に評価されるには、言動に注意を払うより、まず「仲良く」なることが手っ取り早い。

 このパートで語られる、「無駄」の共有に関する部分がためになる。仲良くなるには、詰まるところ「無駄」を共有する、無駄な時間を一緒に過ごすことが有効であるそう。

 言われてみればその通りで、例えば食事にしたって、生きるためにはスーパーで買った物を一人モソモソと食べていればそれで十分である。しかし実際、僕たちは友人や恋人と食卓を囲み、時には一食に1万円を超える支出をする。これは見方によっては無駄である。しかしこうした食事は人間関係形成に大いに役立つ。

 

11 「本当のこと」は取り扱い注意である

 真実は時に強烈なインパクトを人に与える。よく他人を貶める発言に避難を受けた人が「真実を言ったまでだ」と反論する場面を見かけるが、その開き直りは得策でないと僕も思う。真実は真実であるからこそ注意して発信せねばならない。

 逆に言えば、大きなインパクトを与える真実も、使いようによってはよく作用することもある。

 

おわりに

 こんなことを書きながら、この本を読んだことからもわかるように、僕はコミュニケーションがあまり得意ではない。人見知りするし、早口だし、おおよそコミュ力が高い類の人間ではない。その真実は僕に大きな失望を与える。

 けれど、人との会話自体はすごく好きだ。であれば、会話を「面倒」と感じるハードルはかなり低く設定できる。たくさん会話をして、相手の雰囲気をきちんと認識しながら、多くの人と仲良くなりたい。