森の雑記

本・映画・音楽の感想

きまぐれロボット

きまぐれロボット

 

はじめに

 星新一ショートショートをひと月ぶりに読む。前回は「地球から来た男」。

地球からきた男 - 森の雑記帳

今回も高校時代に買った本をひっぱり出した。ずいぶん前に手にした本をもう一度読むのって、タイムカプセルを開けるときみたいにワクワクする。この高揚感を味わうためには、少なくとも読後3年は本を寝かせておく必要があるだろう。時を経て再び開かれる本には、当時の気持ちが冷凍保存されているような気がする。風味が落ちているものもあれば、発酵してより味わい深く仕上がっている部分もある。

 ともあれ、角川文庫「きまぐれロボット」について。

 

全体をみて

 簡潔でいてオチのしっかり効いた、いわゆる「星っぽい」作品ばかりが収録された今作。巻末、谷川俊太郎の解説を見ると、本の大部分は朝日新聞日曜版で連載され、その後和田誠の挿絵とともに子供向けに単行本化されたことがあるらしい。わかりやすい話が多いのも納得だ。にしても解説が谷川先生とは、なんとも豪華である。

 短編の多くにはエヌ、エフ、アール…お馴染みの博士たちによる発明が次々と登場する。中でもロボットに関する短編は5つも収録されている。加えて、これはどうしてかわからないが、鳥がモチーフになった短編が4つもある。星新一は鳥が好きだったのだろうか。

 以下、好きな短編について。

 

きまぐれロボット p41〜

 表題作。博士から万能ロボットを購入したエヌ氏。使い始めはどんな命令も即座にやってのけたが、次第にいうことを聞かなくなったり暴れたりするように。博士にクレームをつけると、博士は「時々物事を自分でやらないと身体が悪くなる。そのためにわざと欠陥を設計した」と返答。

 この短編の醍醐味は設定とオチではなく、最後のエヌ氏のリアクションにある。彼は博士の返答を聞き、どこか腑に落ちない、しかし納得せざるをえないような曖昧な感情に支配される。偉い人にもっともらしいことを言われ、こんな気持ちになることは僕たちもしばしば体験する。

 

リオン p91

 動物学者のケイ博士は、味方にはリスのように大人しく、敵にはライオンのように獰猛な生き物「リオン」を作り出す。番犬的な用途にとても役立つらしい。それを聞いた植物学者のエス博士は、メロンのような甘い実がブドウのようにたくさんなる果物、「ブロン」の開発を目指す。しかし、できたのはブドウのような小さく酸っぱい実がメロンくらいしかならない果物だった。

 こういうくだらない話ってとてもいいですよね…。個人的にはエス博士のミスはネーミングではないかと思う。やっぱりメロンの長所をきちんと出すには先に「メ」の名前を冠した方が良かったのだろう。例えば「メドウ」。気持ち悪いか。

 

サーカス p129〜

 動物を操ることに定評のあるサーカス団。大きなトラはネコのように大人しく調教されているし、ウサギはサルのように木登りがうまい。一人の男が団長から秘密を聞き出すと、「動物用の催眠装置」が鍵となっていることがわかる。つまり、トラには自らをネコだと思わせ、ウサギには自分をサルだと思わせる。秘密を知った男は装置を奪い取ろうとする。次の日、サーカスにはチンパンジーの物真似がものすごくうまいピエロが新登場する。

 このお話も仕掛けは単純明快だ。しかし、ピエロを見た観客の様子が示唆的である。「ふしぎがりながらも、大喜びして手をたたくのだった

この様子、まるで喜ぶチンパンジーのようだ。

 

火の用心 p139〜

 エヌ博士の助手は、火事に反応するロボットの鳥を開発する。当初はタバコの火気にも反応してしまうなど、いわば不良品出会ったが、次第に改良が加わる。そしてついに完成したと思った鳥は、なぜか空に向かって飛び立ったきり帰ってこない。博士は言う、「太陽の火に向かって飛んだのだろう」。

 このお話を読んで、僕は宮沢賢治よだかの星」を思い出した。

 

花とひみつ p175〜

 お花が大好きな少女、ハナコちゃん。彼女が書いた「花を咲かすモグラ」の絵がとある研究機関に偶然たどり着く。機関はその絵が本部からの指令だと勘違いし、メカモグラを作り出してしまう。今でもそのモグラは、人知れず花を咲かす。突然花が咲いたり元気になるのを不思議に思ったことはありませんか?

 星新一が時々書く、僕らの現実と物語の垣根を取り払うタイプの作品。そして、理由はわからないが、この短編の後にだけまるまる1ページの空白がある。フィクションとリアルの境が曖昧になる作品の後にこんなスペースがあると、なんだかいろいろ考えさせられる。偶然にしては出来過ぎな気もするがいかがだろう。

 

おわりに

 本書の解説は谷川俊太郎古川日出男の2本立てである。どちらも名文なので是非読んでほしい。

 「発明」が大きなウェイトを占める本作を読むと、いかに優れた新たなメカが出てきても、結局人間の根っこは変わらないな、と思わされる。