森の雑記

本・映画・音楽の感想

新作落語の舞台裏

新作落語の舞台裏

 

はじめに

 落語を生で聞いたことはほとんどない。中学時代、毎年の「古典芸能鑑賞日」で落語が対象になった会もあるが、大変失礼ながらほとんど睡眠に費やしたくらいである。落語とは縁のない生活を送ってきた。

 だが最近、YouTube立川談志の「芝浜」をみたり、インスタで落語を漫画にしている人の「頭山」をみたり、SNSの発達及コンテンツ発信の多様化によって、ちょくちょく落語に触れる機会が増えてきた。

 何事も少し知識がついてくると面白くなるもので、一度寄席に行ってみたいと思うまでに。ただ、今は古典的なネタは名手たちのモノがいくらでもネットで見られる時代である。せっかく行くのなら新しいものが見たい。それに何やら新作落語なるものもあるらしい。それなら足を運ぶのもやぶさかでない。そう思っている折に、小佐田定雄著「新作落語の舞台裏」(ちくま新書)を見つけた。感染症のこともあり、なかなか寄席には行きにくいから、まずはこの本を読んでみよう、ということで。

 

全体をみて 

 新しい落語作品が完成する背景、心境を知ることができる。小佐田さんが作った話ごとにパートが分けられ、各作品への思い入れを語ってくれる一冊。

 そもそも「落語作家」なる職業があることに驚くが、その作り方も面白い。小佐田さんは完全に落語家に「あてがき」をするタイプで、特定の「演者」に話してもらうことを意識して話を作っているそう。これはもらった方も嬉しいのではないか。

 以下、本書で面白かった落語とその裏側について。

 

だんじり

 人情もののお話。なくなった梅の一人息子、寅ちゃんのために秀・勝・米の3人はだんじり囃子を狸のふりをしてこっそり打つ続けるが、ある日諸事情によって3人ともだんじりができなくなってしまう。心配する3人の元に、雨の中だんじり囃子の音色が、、、というエピソード。

 これは「ほんまもんの狸が打ってるみたい」という言葉がサゲになるのだが、ここの解釈や表現が落語家さんによって違う、という話が面白い。ある方は「梅が打ってるみたい」と言ってみたり、ある方は最後に狸のシルエットを映し出してみたり、話し手によって多様なバリエーションがあるのが落語のいいところ。

 もちろん噺家の独自性を生かす「台本」を書いた小佐田さんもさすが。

 

ロボットしずかちゃん

 電化製品がしゃべるようになった世界を描いたSF落語。中でも「しずかちゃん」という電化製品は喋りすぎる他の機械を文字通り「しずか」にさせる機能を持っている。

 設定はスマート家電が主流になりつつある現在そう突飛なものでもない。けれどこれを落語に取り入れるのはなかなか。星新一小松左京筒井康隆らSF御三家が好きな著者ならではの作品。

 ところでこのタイトル、国民的アニメを意識したとしか思えないが、本書ではそこに触れられていない。

 

哀愁列車

 サゲがゾッとする話。タイトルは有名な楽曲からとったそう。僕はこの曲を知らなかったので若干ジェネレーションギャップを感じた。

 内容も面白いが、これを演じた雀三郎さんは最後の車内アナウンスを途中から口パクで行うそう。音を出さず、観客に想像させるなんともお洒落な落とし方である。裏方スタッフは音声トラブルかと思ってバタバタしたんだとか。

 

落言

 落語と狂言がコラボレーションすることがあるらしい。著者は狂言の台本も書いたことがあるらしいが、その時の心境に学ぶところがある。

 新しいものへのチャレンジを打診されるとき、人は誰でも尻込みする。でも、ほんの少しでも「いけそう」と思うなら、飛び込むべきだ。人は殻を破る瞬間に最も成長するものだし、一瞬でも光明をみたなら、大抵なんとかやり遂げられる。この挑戦があるからこそ、次の挑戦は2回目になって、それほどビビらずに受けることができる。

 「アウトプット大全」にもあった「学習領域」である

highcolorman.hatenablog.jp

 

おわりに

 冒頭で著者は落語には4つのサゲがあると言う。「ドンデン」「謎解き」「変(ハズレ)」「合わせ」である。それぞれにそれぞれの面白さがあり、「すべらない話」なんかも大抵はこのいずれかに分類できる。

 普段のエピソードトークでもこの辺りを意識するといいかもしれない。不必要な部分はなるべく削ぎ落とそう。