森の雑記

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僕と先輩のマジカル・ライフ

僕と先輩のマジカル・ライフ

 

はじめに

 はやみねかおる先生には、「都会のトム&ソーヤ」や「夢水清志郎」シリーズでお世話になった方も多いのではないか。事実、僕は小学生の頃に読んだ「マチトム」が今でも忘れられない。二人の中学生の友情、ユーモラスな文章、ワクワクする冒険…思い出をあげればキリがない。驚くべきことに、「マチトム」シリーズはいまだ刊行が続いており、今年3月にも新刊が出たそう。少しほっこりとした気持ちになる。

 今回はそんな児童向け文学作家のはやみね先生が角川文庫より出版した、「僕と先輩のマジカル・ライフ」を読んだ。

 

全体をみて

 多くの小学生を読書好きにしたはやみね先生が、対象年齢を少し上げたのがこの作品。超がつくまじめ人間「井上快人」と霊能力を持つ幼なじみ「川村春奈」の大学生活を描いた本作は、日常の謎をテーマにした推理短編集である。本格派ミステリーながら、文体は子供に向けるように優しくウィットに富むのがはやみね流であり、推理小説が苦手な僕もさらっと読むことができた。

 表紙絵が男女二人なので、この女性がタイトルの「先輩」なのかな、と勘違いするけれど、それはミスリード。作中にはもっと異次元なキャラクターを持った「先輩」が登場する。

 以下、各短編について。

 

第一話 騒霊

 快人の下宿先で起こる心霊現象を解き明かすお話。

 登場人物と短編の雰囲気を紹介するような役割を持つ1話目で目を引くのは、快人の変人ぶりである。「痛恨の一言集」を心の中で編纂したり、18歳なのに毎日9時には就寝したり、講義の休み時間には図書館で復習をしたりと、とにかくマジメが度を超えていて、もはや変人の領域に片足を突っ込んでいる。

 しかし、僕たちはそんな彼を愛してしまう。頁をめくるごとに素直で暖かい人柄に惹かれてしまうのである。それが際立つのが、小中高大と自分につきまとう春奈をうっとうしく思いながらも、さらっと胸の内を明かす部分。春奈が快人を花見に誘った時、読者にだけ向けられた独白がたまらない。「こういう言葉に逆らわないことから考えると、ぼくは、やっぱり春奈のことが好きなんだろう

 直接言ってあげて!と思うけれど、きっと能力で心さえも読める彼女は、彼の心の内をすでに知っているんだろう。

 

第二話 地縛霊

 夏休み、「先輩」と一緒に田舎のリゾートバイトに出かける快人と春奈が、その地区で頻発する交通事故の謎を解き明かすお話。

 この先輩がなかなかの曲者である。熱心に魔術や超常現象の類を信奉し、大学8年生を迎える彼は「あやかし研究会」の課長ポストについている。もう大丈夫か、と言いたくなるが、あろうことか、その研究会に春奈と快人は無理やり入会させられてしまう。この研究会の規則として「上下関係は絶対」みたいなルールがあるのだけれど、これを律儀に守る快人が非常に愛らしい。これを初めて読んだ時は、大学生の彼らを羨望の眼差しで見ていたが、今となっては彼らも年下。当時とは違い、なんだか温かい視線を送ってしまうのである。

 

第三話 河童 

 大学祭を控えた彼らが、教室の窓ガラスが割られたり、敷地内のプールに不審な人影が見られたりする謎を解き明かすお話。

 この話は、快人が精神統一のため写経をするシーンから始まる。念のためもう一度書くと「写経」である。大学生が、筆を持って。異質が過ぎるぜ快人さん…。当然、春奈が苦言を呈する。負けじと反論する彼は、夏が終わって涼しくなった今、心の堕落を防ぐ必要がある!と声高に主張。対して春奈「いっつも精神の鍛錬をしないとしないといけないなんて、よっぽど心が弱いのね」。これにはぐうの音も出ない。

 ところで、この話のキーワードの一つに「お酒」があるのだけれど、みなさん酒税法はご存知だろうか。大まかにいうと、お酒に税金をかけ、届出・許可のないアルコール飲料醸造を禁止する法律である。初めて本作を読んだ際、当時小学生だった僕はこの知識を同級生に得意顔でひけらかしたことを思い出す。そういうとこあるよね…小学生…。

 

第四話 木霊

 一話目から一年がたとうとする春先、「公園の桜の下に死体が埋まっている」という噂の真相を彼らが解き明かすお話。

 冒頭の春の描写や、快人がバイト先から自転車で帰るときの描写が非常に美しい。春が迫りくる臨場感や高揚感が見事に表現されている。

 さて、肝心の内容だが、第四話は本作で最も完成度の高い推理とトリックが用いられていると個人的に思う。第一話の出来事がそのまま伏線になったり、複数の謎が絡み合っていて、ある謎の答えが次の謎の鍵になっていたり、とにかく読み応えがある。しかも、それでいて全四話の中で最もページ数が少ない。添加物を加えないスムージーのようにシンプルでかつ濃厚な一編だった。

 

おわりに

 今作の解説は「夜のピクニック」や「蜜蜂と遠雷」でおなじみ、恩田陸先生がお書きになったものだ。「私は子供が苦手である」から始まり、児童向けに作品を書く難しさを語るこちらも非常に読んでいて楽しいものだった。

 また、はやみね先生恒例の優しいあとがきの中に、続編への意欲も綴られている。あれから17年、はやみね先生、そろそろ書いていただけないでしょうか。