森の雑記

本・映画・音楽の感想

地球からきた男

地球からきた男

 

はじめに

 星新一先生の作品はいつまでたっても色褪せない。小学生の時、初めてショートショートを読んだときの気持ちは、20をすぎた僕にも冷凍保存されたかのように新鮮な状態で届けられる。とはいえ、冷凍保存された物はその前と比べて多少風味が変わる。大人になってショートショートを見返すと、新鮮でいながらあの頃とはまた違う味わいがある。今回は角川文庫発行、星新一「地球からきた男」について。

 

全体をみて

 本作は「不思議なことを」「孤独に」体感する人々のお話を集めた物だと思った。この本の中では宇宙や怪獣は出てこない。日常の中で少し不思議な体験をした人々が、それとどう向き合っていくかが書かれていく。以下、気になった短編からその付き合い方をみていく。

 

「もてなし」

 ある人物から「89」と刻印がなされるバッジを受け取る青年。そのバッジをつけると、街の人々から「ブルギさん」として認識されるようになり、食事を奢ってもらったり、旅行のチケットを融通されたりと、普通では考えられない善意を受け取るようになる。

 主人公は物語の終盤まで「ブルギさん」がなんなのか、なぜ優遇されるのかを理解できない。また、それを人々に尋ねても誰も教えてくれない。また、全ての人が自分を「ブルギさん」だと扱うわけではない。こんな不気味な体験をしているのに、誰も理由を教えてくれない。これはとても孤独なことだろう。ラスト、「ブルギさん」の正体がある宗教の生贄だということが判明し、主人公は死ぬことになる。89とは厄のことだったのかなあ、なんて。この青年は「不思議」に対し最後まで孤独に向き合うことになった。

 

「ゲーム」

 悪魔と取引をした友人が霊体となって主人公の前に姿を見せる。友人は3つの取引のうち1つ目で「自分を殺せ」と頼んだという。これを素直に受けてしまえば、悪魔は残り2つの取引ができないので、魂を得られない。結果、死んでいるが意思を持った霊体になることに成功する。

 その後友人は残り2つのお願いをうまくおこない、悪魔をやり込めることに成功。(この方法も面白い)主人公にそれを話す。

 今回の話では、友人が不思議を主人公と「共有」することになる。「もてなし」とは違って孤独に抱えることはない。やはり不思議なことは誰かと共有したいのだろう。

 しかし、その結果、主人公は八つ当たりを目論む悪魔に狙われ、命を落とすことになる。不思議は秘密のままの方がいいのだろうか。孤独の重要性を感じる。

 

「戦士」

 有名企業で課長を務める45歳の男。ある日、なかなかのやり手として評判の高い彼は、「宇宙人の侵略と戦う」秘密組織にスカウトされる。この組織のことは家族にも話してはいけない。政府公認の組織なので待遇はしっかりしている。そして思案の末、彼は組織に入ることを決める。

 この話では「ゲーム」から一転、荒唐無稽ともいえる不思議な話を、「孤独」に秘密にし通す男が描かれる。物語終盤、男は宇宙人との抗争で命を落とす。死際の表情は無念ながらも誇らしそうだ。

 というところで、この作戦は全て作り物で、不治の病にかかった男をそれに悟られることなく、安楽死させるための方策であることがわかる。もしかしたら、組織の仲間も、「宇宙人」だとされた敵も男と同じような境遇なのかもしれない。このやり方を「ヒューマニズムに満ちた」行為だという組織メンバーの独白で物語は閉じる。

 孤独に秘密を守り抜いたこの結果は、幸せと言えるだろうか。少なくとも「もてなし」「ゲーム」よりはマシな気がする。

 

「疑問」

 悪魔を呼ぶ儀式を行う貿易会社に務める青年。儀式の結果彼の部屋に現れたのは近所に住む女性だった。彼女もまた青年に習って同じ儀式を行うと、今度は別の男が表れる。その男もまた別の人を、と芋づる式にどんどん人間が召喚されていく。ある中学生がアナウンサーを呼び出したところで、この現象についてみんなで話し合う。

 しばらく経つと、なぜかこの方法は使えなくなる。今度は徒歩で部屋を訪ねた女性と青年が電話番号を交換して物語は終わる。

 秘密を次々に伝えた結果、不思議なことが起こらなくなってしまうパターンの話。不思議パワーは秘密によって担保されるのだろう。たくさんの人が知ってしまえばそれは秘密でなくなり、当然、同時に不思議の効力も失われる。

 けれど、人を呼び出すことくらい、不思議な儀式によらなくとも、携帯一つあれば訳はない。秘密を解消することで、「出会い」が生まれた。

 

「能力」

 聴覚に障害を持つ男がテレパシー能力を持つ話。続けて視力を失いかける男は、病院に行くも医療ミスで失明してしまう。しかし、今度は透視能力に目覚める。続けて何者かに襲われた男。今度は手と足が動かなくなるも、代わりにサイコキネシスやテレポート能力を得る。そして最後、存在を疎まれた男は胸に弾丸をうける。呼吸は止まり、肉体を失う。が、男は「不死」を得る。

 この本最後にして最も恐ろしい話だった。この主人公は他の主人公とは決定的に違う。「もてなし」のバッジや「戦士」の組織のように、誰かから「不思議」を与えられることもない。「ゲーム」「疑問」のように、誰かに「不思議」を打ち明けることもない。淡々と我が身に起こる不思議を孤独に受け入れ続けるのだ。その結果、男はとんでもない能力を持ちながら実体を持たない、まさしく神のような存在に昇華する。秘密が担保する不思議の効力は、その秘密性が極まると同時に、最も強烈に作用する。

 

おわりに

 秘密、それは神秘である。それを共有することは俗に落ちることである。と星先生は伝えたいのかもしれない。今作でも不思議と独りで向き合うことをやめた物語の結末は、出会いとか病気とかたいてい俗っぽいのに対し、その共有人数が少なければ少ないほど人知を超えたオチが待っている。人間は孤独にどう向き合うか、これは僕らの大きなテーマでもあるが、この本はそんな主題にヒントを与える。かもしれない。