できる大人のモノの言い方大全
はじめに
いわゆる語彙力というものは「知っている語数」と「その運用力」の積だ、そんな言説を目にしたことがある。なるほどいくら言葉を知っていても、運用がマイナスなら力も負の方向に作用してしまうケースを上手く言い表していると思う。加えて考えると、運用能力が並でも知識が豊富ならそれなりの語彙力が発揮できる、この公式はそんな風に読むこともできよう。
英単語をいくら知っていても難しい英文が読めないように、反対にいくら文法を知っていても単語がわからなければ英語が理解できないように、ある種の能力は暗記と運用をバランスよくやらないとうまく発揮できないみたいだ。
ただ、2つの訓練を同時にするのは大事だが、順序はともかくいずれかを鍛えることが大事なことに変わりはない。ならば語彙力を上げるために、話題の達人倶楽部編「できる大人のモノの言い方大全」(青春出版社)を読み、まずは語数を増やしてみよう。
全体をみて
シチュエーションを10種に分類し、それぞれの場面で使うと素敵な雰囲気を醸し出せる言葉をこれでもかと書き連ねた本。言葉を使う状況が例示されるので、「運用」能力も養成することができそう。
本書で大人の物言いをマスターすれば、人間関係が多少円滑になる。かもしれない。
以下、各シチュエーション覚えておきたいフレーズ。
1 「社交辞令」など
・お早いですね 朝、いつも目にしない人を見かけた時に
・それはそれは(何よりです) 自慢話を聞いた時に
・そういうものですか ハウトゥーを語られた時に
2 「聞き方」「頼み方」など
・願ってもないお話です 相手の提案に飛び付きたい時に
・お教えいただきたいのですが 目上の方に質問をする時に
3 「断り方」「謝り方」など
・次のお願いがしにくくなりますから 奢りやお礼を断る時に
・あってはならないことでした 謝罪の時に
・とんだ失態を演じてしまいまして 同上
4 「気遣い」など
・お心遣い嬉しく存じました 何か気を回してもらった時に
コラム 言い換え
ここに特集される言い換え言葉は、就活ESの「短所」欄とかでうまく使えそう。
5 「もてなし上手」など
・〜さんがいないと始まらない 飲み会に誰かを誘う時に
・喜んでお供します 目上の方から食事に誘われ、ぜひ行きたい時に
・実は今日あたり行きたかったんですよ 同上
6 「ほめ方」など
・深いですね 万能ほめ台詞
・〜さんでもっている 組織内で相手の存在を肯定的に評価したい時に
7 「常識力」など
特になし
8 「自己主張」など
・ちょっとお耳に入れおきたいことがございます 目上の方に進言等する時に
・正直な裏のないお言葉をいただきました 嫌味ですか?の言い換え
この章で紹介される「ムッとした時の言い方」的なものは、そのまま使って上品に切り返すことにも貢献する。加えて内心嫌な気持ちになった時、状況に応じて使うフレーズを決めておけば自分の嫌な気持ちを言葉で消化することにも役立つと思う。マインドセット的にフレーズを対応させておくのもいいかもしれない。
コラム ダメな言い方
「そこをなんとか」頼み事をする際によく使ってしまう言い回しだが、相手の一方的な譲歩を要求する失礼な言い回しでもある。きちんと条件や妥協案を提示した上で交渉しよう。
9 「いい人間関係」など
・初物ですね 旬の食べ物を褒める時に
・〜さんの後には歌えない カラオケで
・〜さんの顔を見るとほっとする ちょっと口説き落としたい時に
・「も」 何かを褒めるときは「が」でなく「も」を使おう
10 「会議」「電話」など
・お電話が遠いようで 電話越しの声が聞き取りにくい時に
・いただいたお電話で恐縮ですが 電話をくれた相手にこちらから用件を伝えたい時に
おわりに
ここででてきた言葉は単に言えばいいというものではないだろう。笑顔と共に使ったり、あえて戯けて使ったり、場合に応じて「使い方」まで考慮する必要がある。練習あるのみ。
ニューヨークで考え中3
ニューヨークで考え中3
はじめに
高校生の頃、一冊のエッセイ漫画に出会った。当時は「ことりっぷ」や「aruco」など海外旅行ガイドを読むのにハマっていた。修学旅行でシンガポールに行ったせいで、「海外への憧れ」的なものが芽生え始めた時期だったからだ。特に好きだったのはことりっぷの「プラハ」だったのを覚えている。
そんなわけで書店の海外旅行コーナーに入り浸っていたのだが、そこで見つけたのが「ニューヨークで考え中」(亜紀書房)という、近藤聡乃さんが書いたエッセイコミックだった。
ニューヨークに居住する彼女のリアルかつ素朴な生活が生き生きと描かれる本書に、僕は虜になった。すぐに立ち読みをやめて購入し、家につくのも待ちきれず帰りの電車ですぐに読んだ。
さてこのエッセイ漫画、この間2巻が出たばかりだと思っていたら、先日3巻が出た。1巻〜2巻の期間よりも短いスパンで出版された気がするのだが、発行日を見るとそうでもなさそう。2巻が出たのを知ったときは飛び上がって喜んだが、(1冊限りの本だと思っていた。)今度は落ち着いて見つけられた。
全体をみて
相変わらず具体的かつ気取らない雰囲気で書かれたエッセイだった。だが、今回はコロナウイルスのことや「外国籍」のこと、ご自宅が水浸しになった事件など、これまでよりバタバタとしている様子がうかがえる。大変だったんですね。
以下、好きなところ。
マッツァボール
チキンスープに小麦玉が浮かべられたユダヤ料理。アメリカでは定番らしく、とても美味しそう。日本で耳にする機会は全くなかったが、どこかで食べられるのだろうか。
日常
アメリカでの生活にすっかり慣れ、毎日のルーティンを過ごす近藤さんの日常が書かれた回「夢その2」。このなんでもない描写、コーヒーを飲んで、夫と暮らす生活のイラストレイトこそ本書の真骨頂だと思う。
花を買う
「一人暮らしで花を買うのは贅沢」という価値観、素敵だと思います。夫と娘のために花を用意する最後のコマも。
外注
結婚してからは、旦那様馴染みのハウスキーパーさんに仕事を頼むようになった近藤さん。他人に家事をしてもらうのは恥ずかしい、という感覚が抜けないことを嘆く姿も等身大でいい。こういう感情を素直に見せてくれるところもいい。
回顧展
近藤さんの作品を振り返る個展が福岡で開かれたお話。自分が作ったものがきちんと形に残り、作品を見るとその時の感情が思い出せるのっていいですよね。僕もこのブログをそんなふうに見る時が来るのだろうか。
大ゴマ
このコミックは毎冊最後に書き下ろしがつく。この書き下ろしでは大きめのコマに風景が描かれるのが恒例?なのだが、今回もすごくいい。今はしばらく海外にいけないけれど、いつか行ける日がきて欲しいなあ、と思う。
おわりに
最初に「ニューヨークで考え中」を読んでから早5年、近藤さんの生活が大きく変わったように、自分の生活も大きく変わった。4巻を読む時、いったい自分はどんな暮らしをしているのだろう。
メディア論の名著30
メディア論の名著30
はじめに
たくさんの本との出会いをもたらす本がある。和田誠「装丁物語」、筒井康隆「短編小説講義」、「岩波新書解説総目録」、こうした類の本を読めば僕たちはまた新しい本を知ることができる。友人に知人を紹介してもらうような感じである。
佐藤卓巳著「メディア論の名著30」(ちくま新書)も、前述した本のうちの一つと言えるだろう。
全体をみて
全30冊のメディアに関する本を軽妙に語る一冊。毎回著者のエピソードトークが枕に置かれるのでとっつきやすいと思う。ただ、扱うのが「メディア論」という比較的新しい学問の本なので、聞き慣れない専門用語が出てくるなど中身ついてはけっこう難しい記述も多い。ほどよく読み飛ばすのがいいだろう。
以下、30冊の中から気になった5冊について。
「消費社会の神話と構造」
大衆社会におけるメディアと消費の関係を論じたボードリヤールの書である。自身の体を「メディア」として捉えるところに面白さを感じた。
筋トレ、脱毛、美容整形、、ありとあらゆる「身体」をターゲットにした広告が増える現代を考える上で、読んで損はなさそう。また、消費を「差異化ゲーム」と評する部分も興味深い。先日塾で現代文を教えていたときに同じような記述を目にしたが、問題文の著者はボードリヤールを読んでいたのだろうか。
「ニュース社会学」
ニュースが「製造」されるジャーナリズムの現場をフェミニズム的視点から書いた1冊。「ジャーナリズム論」に関する本の多くは現場経験者がそれを批判的に記述することに終始するものが多く、いわば「俗流批判本」になっている、というのは本書の訳者鶴木さんの言葉。
しかし著者のタックマンはこれを超え、優れたジャーナリズム論を展開する。「メディアが社会の現状を正当化する」という視点に目新しさはないが、ニュース製造現場を緻密にリサーチした本書には価値があると言えよう。
「機能主義」は現状肯定に傾きやすい(例えば記者クラブ制度を機能主義的に捉えると、「社会システムの安定に役立っている」という評価を与えることができる)、という佐藤さんの指摘にも納得感があった。
「政治の象徴作用」
メディアは政治の「舞台」になった、と考えたのはエーデルマン。投票は「儀式」に過ぎず、「参加している感」を演出するのみ、その証拠に一体どれほどの人が選挙の争点や各党のマニフェストを正確に理解しているだろうか、そんな問いを彼は投げかける。野党の強い批判はかえって与党の強いリーダーを印象付けることもある、という言説など、かなり悲観主義的な捉え方をしているところもいい。
政治よメディアを考える上で、これは是非読んでおきたい。
「場所感の喪失」
電子メディアが登場する前は、人が特定のことをするためには、特定の場所にいかねばならなかった。神の言葉は教会で、政治談議はコーヒーハウスで、といった具合に。しかし電子メディアの登場で、状況は変わる。もはや物理的場所にこだわる必要はない。メイロウィッツはそんなことを言う。
メイロウィッツの記述で面白かったのは「非言語的ウソをつくのは難しい」という箇所。確かに口でウソをいうのは簡単だが、態度までウソをつき続けるのって難しい。「言語情報は意識的な制御が可能」という文脈で出てくる話だが、メディア以外の話にも応用が効きそう。
「読んでいない本について堂々と語る方法」
タイトルを知って以来ずっと読みたいと思っていたピエール・バイヤールの本が最後に紹介された。
彼は「我々が話題にする書物は、現実の書物とはほとんど関係がない」と言い切る。ある書物について大多数の読者が自分流に本を摂取して「うちなる書物」として取り込むが、これは同じ書物を読んだ他者とも、もっと言えば著者が思う書物へのイメージとも違う。であれば、我々は真に書物を「読んだ」と言えるのか。
これまで読んだ本の中には途中を端折ったり、恣意的に解釈したりしたものもあったが、それでもいいのだ、と背中を押してくれそうな「書物」である。いつか読んでみようと思うけれど、しばらく本書にはこの勝手な解釈をしておこう。
おわりに
いい本がたくさん紹介されたので、読もう読もうと思ってページをめくったが、最後の節を読んでなんだか安心してしまった。
ここ1年は頭の悪いペースで本を読んできたけれど、そろそろ余裕もなくなってくる。読めなくなる前に、バイヤールの本だけは手に取りたいものだ。
アイデアスケッチ
アイデアスケッチ
アイデアを〈醸成〉するためのワークショップ実践ガイド
はじめに
画期的なアイデアを出すのは難しい。ある課題を解決しようと頭を捻っても、出てくるのは以前にも見たようなものばかり。時折新しそうなものが思いついても、既存物のマイナーチェンジにしかすぎない。いわゆる「ブレインストーミング」にチャレンジしてもうまくいかず。僕たちはしばしばこんな場面に出くわす。新しくて素晴らしい発想を得るのは難易度が高く、これがホイホイできるなら何らかの分野で大成功しているに違いない。
「アイデアスケッチ」(BNN新社)は、このような悩みに立ち向かうために役立つ本のうちの一つだ。岐阜県にある小さな学校「IAMAS」で実践されてきたアイデアスケッチのメソッドを知れば、僕らもアイデアマンになれるかも。
全体をみて
装丁がおしゃれ。レイアウトも見やすい。なんともコンテンポラリーな本である。ただ、文章が読みにくい。本書のメイン著者は英国出身のジェームズ・ギブソンさんなのだが、彼が書いた日本語、もしくは彼の書いた英語を翻訳した記述が「Googleの自動翻訳」もしくは「受験生が行う不自然な和訳」見たいな感じだからだ。もしギブソンさん自ら日本語で書いているとすれば、これはネイティブではないのによく書けている、むしろ素晴らしく上手な日本語だと思う。しかし出版にたえるレベルではないのでは。
本書は3章構成である。1章では「アイデアスケッチ」とは何か、が背景や成立過程こみで語られる。2章では具体的な実践方法、3章では実際にアイデアスケッチが使用されたれいが、それぞれ書かれる。
前述した文章の堅さが気になるのは1章のみで、本書でもっとも重要な2章はそれほど気にならないのが救い。
以下、各章について。
第1章 アイデアスケッチの方法論
アイデアスケッチの来歴、利点などが書かれる。時間がない方は読み飛ばしても。
第2章 アイデアスケッチの実践
アイデアスケッチのやり方について。ここでは僕なりに要約。
1 ペン4種(細・太・ハイライト・影)とワークシート3種を用意。
2 アイデアスケッチに参加する人数が十分に動きやすい部屋を用意。
3 参加者をセッティング。半日ほどスケジュールを抑える。できれば様々な分野の人を集めたい。
4 1種目のワークシートを用いて「アイデアスケッチを行うテーマ」を絞る。
5 2種目のワークシートにアイデアを「絵で」描いていく。
6 それぞれのアイデアに投票。
7 アイデアを「実現可能か」「実行可能か」のマトリクスを使い4象限にマッピング。
ざっとこんな感じ。具体的なワークシートのフォーマットなどは本書を読まれたい。なお7の「実現可能」とは「技術的に実現可能か」を指し、「実行可能」は「組織のリソース的に実行可能か」を指す。
こういうワークショップ的なアイデア出しを説く本では、必ず部屋にお菓子や飲み物を置くことが勧められている気がするが、本書も。
第3章 アイデアスケッチの事例紹介。
実際にアイデアスケッチセッションが行われた事例を5つ紹介。中でも「電車の椅子をより快適にするにはどうすればいいか」というテーマは身近で面白かった。
おわりに
かなり面白いアイデアの出し方、新しいブレインストーミングの形だと思った。チャンスがあればやってみたい。
メガマインド
メガマインド
はじめに
Twitterに日記漫画を投稿する秋鹿えいとさんが、2020年に見た映画のベスト4を発表していた。
2020年観た映画ランキング ベスト4! pic.twitter.com/Aor1zf4Rc5
— 秋鹿えいと (@aikaeito) 2020年12月27日
どれも面白そうだったので、順番に見ようと思い立つ。まずは青い顔のイラストが気になる、「メガマインド」から。
全体をみて
「メガマインド」は「マダガスカル」や「カンフーパンダ」でお馴染み、ドリームワークス制作の映画だ。ドリームワークスはディズニーの制作部門トップが退社して作った会社らしい。調べて初めて知った。
いわゆるアメリカのアニメーション映画っぽさがありながら、意外な展開がアクセントになる作品。主人公でヴィランのメガマインドは、どこかスポンジボブのイカルド・テンタクルズっぽさがあって親しみが持てる。キモいけど。
公開年をみてみると、実は2010年。かなり前の作品である。全然古びてない。ストーリーにご都合主義感はだいぶあるけれど、むしろこのくらい都合がいい方が頭を空っぽにして楽しめるので良いのだろう。
以下、ネタバレに注意しながら見所を。
設定
「もし悪役がヒーローを倒してしまったら?」誰もが一度は考えるIFを作品に昇華してしまうのがこの映画のすごいところ。ライバルを失ったヴィランはいったい何をしでかすのか、これまで視聴者の頭の中にしかなかった映像が、大手制作会社によって表現されるのが面白い。
また冒頭でさくっと紹介される、「メガマインドが悪役になった理由」も考えさせられるところ。メトロマンという偉大なヒーローと幼少期にあった彼は、その外見からいじめに遭う。常に明るく、みんなに好かれるメトロマン、彼に虐げられるメガマインド、この段階ではどちらが悪かわからない。そんないじめに嫌気がさし、ヒーローとして、人気者として一番になれないことを悟った彼は、「悪」の道で一番を目指すようになるのだ。
メッセージ
この作品の大きなメッセージは「いつだって悪は相対的なものでしかない」というところにあるのではないか。前述したメトロマンの存在しかり、物語が進むにつれてメガマインドに代わる悪が生まれることしかり、「悪」はいつだって絶対的に存在するものではなく、「正しい」とされているものの対極に位置付けられるものでしかない。
それは「愛」についてもそうで、賛美され、皆から正しさを持って受け入れられる「愛」という概念でさえも、行き過ぎれば悪になる。物語の節々にこのようなエピソードをちりばめることで、悪について考えさせられるのもこの作品の推しポイント。
パロディ
肩肘はった話はさておき、「メガマインド」には分かると笑えるパロディも満載。ドンキーコング、バラク・オバマ、スーパーマン、至る所に有名なあれこれへのオマージュがある。多分僕が気づかなかっただけでもっとたくさんあると思うので、注意してみることをお勧めしたい。
声優、というか山寺宏一
本作主人公メガマインドの声優は、あの山寺宏一である。「青くてお調子者のなんでもできる奴」の声優を山寺宏一がやっているのだから、アラジンファンの僕としては垂涎もの。言い尽くされているところだとは思うが、ポップな吹き替えをやらせたら彼の右に出るものはいない。
おわりに
作品の時間も90分と短いので、「さくっと」「ハッピーになれる」「でもこれまでとは一味違う作品が見たい」と思ったら、まずはこの作品をみることを勧めたい。ディズニーやピクサーが好きならなおさら。
メディアが動かすアメリカ
メディアが動かすアメリカ
民主主義とジャーナリズム
はじめに
連邦議会をトランプ大統領の支持者が占拠する未曾有の事件が起こった。この事件には死者も出てしまった。大統領はこの過激な行為を煽ったとしてツイッターなどのアカウントを停止された。まさに前代未聞、とんでもない出来事である。
彼らは一体なぜこのような行為に及んだのだろうか。トランプ大統領に焚き付けられたから?選挙集計に不正があったから?暴力的にならざるを得ないほど生活が苦しかったから?理由はいくらでも考えられる。その中には「メディア」から発信される情報を過度に信じたり、逆に全く信じなかったり、「報道」が行動の意思決定に大きく影響した人もいるのだろう。
アメリカ人はメディアをどのように捉えているのだろうか。そんなこと知るために、ちくま新書「メディアが動かすアメリカ 民主主義とジャーナリズム」(渡辺将斗著)を読んだ。
全体をみて
様々な視点からアメリカとメディアの関係を考察する一冊。著者は米下院議員事務所や2000年の大統領選陣営ニューヨーク支部などで働いた経験を持つ、アメリカ政治のエキスパートである。この独特な経験が本書の記述に存分に発揮されている。
挿入されるエピソードは実に具体的でわかりやすいし、論旨は明快で簡潔。元記者であるためか、取材力が非常に高く、それを文章かすることにも長けているのだろう。時折差し込まれる写真も、イメージを膨らます手助けをしてくれて嬉しい。
僕のような素人にはかなりいい本だと思った。
以下、各章について。
第一章 テレビニュース
テレビ報道について。アメリカのニュース番組は限定された出演者がカメラに向かって語りかける「情報伝達」スタイルでなされる。記者出身のアンカーマンが各記者、リポーターをつないでいくような形式である。これに対し、著者は日本の報道番組を「演劇鑑賞」スタイルと呼ぶ。コメンテーターと司会者、出演者の掛け合いを見せるからこう呼ぶのだが、言い得て妙。
また日本でニュースを伝える「アナウンサー」とアメリカの「アンカーマン」は大きく異なるとも。前者はジャーナリストではないことも多いが、後者はほぼ必ず記者あがりである。アメリカのアンカーマンには番組の編集権など、構成に関わる大きな権力を持っており、まさに報道人なのだ。このことによる弊害もあるそうなのだが。
第二章 政治
今度は政治のお話。著者のアメリカでの経験が存分に発揮される章である。
この章で面白かったのは日本の「番記者」制度についての記述。極めて閉じられたこの制度は「記者クラブ」制度とも異なる「3層構造」を持つと著者。メンバーシップをかなり強く求めること。メンバー内では公式に得られる情報に差がないこと。他社を「抜く」ためには個別の努力がいること。つまり「排他・建前としての横並び・水面下での競争」という3層構造が形成されているようだ。このメンバーシップに入るためには、1人の人間を特定の人物に張り付かせておくだけの経営資源がないと厳しい。
バーバラ・スター記者の話も面白い。ペンタゴンに独自のコネクションを持つ彼女は、得た情報をすぐに流すことはない。そのため国防総省よりだと批判されることもある。しかし外交やインテリジェンス類型に携わる記者には、会社も権力批判を求めていない。求めるのは、スターのような記者が得た情報を社内でのみ横流しすることで、別のニュースを補強する役割だ。話す側も彼女が情報ソースを出さないことをわかっているから、正確な情報が集まる。スター記者が横断的に他のニュースを補強することは非常に価値あることだ。記者にはこういう道もある。
第三章 言論
日本とは違い、アメリカのテレビ報道ではイデオロギーが前面に出る。FOXは保守メディアとして成功した。そんなテレビにおける言論の話。
アメリカのメディアはこうした事情から分断が激しいことは周知の事実だが、驚くべきはメディアを監視するチームも左右で分断されていること。リベラル派メディアは保守系団体が監視、保守系メディアはリベラル派団体が監視、といった具合だ。BPO的な中立の第三者が監視を担当することはない。そりゃ選挙もあんな風になるわ。
加えて著者が高く評価する「ファイアリング・ライン」というディベート番組も面白そう。この番組の功罪のうち「罪」にも注目しながら、しきりにお勧めしてくれるので。
第四章 風刺
アメリカで政治コメディはジャーナリズムの一形態だと認識されている。僕が好きなハサン・ミンハジの「PATRIOT ACT」もそういう意味ではジャーナリズムになるのだろう。すごく面白いので是非見て欲しい。
本書で紹介されるコメディアンで面白そうなのは、イギリス人のジョン・オリバー。事前情報なしに見ると普通のオピニオンショーに見えるくらいの作りになっているらしい。日本のゆるキャラを風刺しながら最後は陰謀論を茶化す。古典的ながら芸術的なやり口だ。
第五章 移民
特定の民族を対象にした「エスニックメディア」についての章。中国関連のメディアに大きな文量が割かれる。ユダヤ系メディアの紹介で、「政治言語」の重要性を語る際に引き合いに出された「台湾語」の話は、この間読んだ「台湾生まれ日本語育ち」に通づるものがあった
おわりに
アメリカでの日系人投票率を高めるために、ニューヨーク本部で働いていた著者は「ほんのささやかな抵抗」をする。イベントに日系人政治家を招き、日系人アンカーマンに演説を以来したのだそう。
このような行動は素敵だと思う。政治やメディアにアクセスしない、できない人に目を向けることは、各人の情報摂取に資するからだ。議会に殴り込んだトランプ大統領支持者も、渡辺さんのような人がそばにいれば、あるいは。
金儲けのレシピ
金儲けのレシピ
はじめに
力強すぎるタイトルに黒字に金文字の装丁の、実に怪しい本がある。しかも著者名が「事業家bot」。品もへったくれもあったもんじゃない。黒と金の組み合わせが許されるのはローランドだけだ。
しかし内容が気になる。お金が嫌いな人はいないし、黒の表紙はミステリアスで蠱惑的だ。結局読むことにした。
実業之日本社発行「金儲けのレシピ」について。
全体をみて
売れている企業のノウハウを体系化、言語化する本だった。本書で書かれる「儲けレシピ」はいざ示されて見ると特異なものではなく、「その通りだな」と思うものが多い。隠し味や調理器具にスペシャルなものが使われたレシピでなく、作り方の工夫で勝負、と言ったところか。
おそらく本書を手にとる人の大半は経営者や企業家ではないと思うから、レシピを実践するのは難しいと思う。それでもこの本を読むのはためになる。本書の価値は成功しているビジネスをカテゴライズしてわかりやすくするところにあり、それを知っていることは「どのような構造が金を産むのか」という視点の形成に役立つからである。この視野は何も経営、企業にのみ役立つわけではなく、普段の仕事や、消費者としてサービスに「騙されない」ことにも寄与すると思われる。
以下、面白かった記述について。
客に作業させる
著者はIKEAのビジネスを「単なる板とネジと棒」を「棚」だと言い張る、と揶揄する。言われてみればその通りである。家具の販売は材料の調達コストより組み立てコストの方が高くなりがちであるが、IKEAはその作業をまるまる客に押し付けた格好だ。
しかし我々はIKEAの家具を喜んで買う。安いしおしゃれ、なんなら組み立ても楽しい。なるほど素晴らしい発想。
似た手口を使う商売に「焼肉屋」がある。こちらも「焼く」という調理工程を客に投げることで従業員の手間を減らしているのだ。
このようにあるやり口を抽象化して言葉でくくり、あらゆるビジネス形態に当てはめて考えるのが本書のすごいところ。
マーケティングドリブン
「売り上げ−売り上げ原価−販管費=利益」これを前提とする限り、原価が低いビジネスはその分販管(広告など)に金をかけられる。タピオカや鯛焼き、サプリメント販売などの業態は原価が低いため、当然どの販売者も広告に金がかけられる。となると売れ行きは「いかに広告をうまくやるか」で差が出る。よって広告の打ち合い戦が起こる。
顧客さえ獲得できれば儲かるビジネスは巧妙な「広告」を打ってくる。消費者たる僕らはこのことを頭に入れておこう。
形のないもの
無形商材を売るのは難しい。金融商品やコンサルティングサービスにはえてして懐疑的な目が向けられるものだ。これらを売るためには様々な方法がある。「有形商材っぽくする」「課題解決を謳う」など。
本書には書いていないが紙メディアも似たような仕事だな、と。「情報」という無形物を売り、(ネットやスマホでも情報は手に入るのに)有形物らしきものも見せ(紙媒体)、将来に有効そうな言い回しで売る。
だからこそそこにどれほどの価値、課題解決力を載せるかが勝負になってくるとも思う。
取引の一回性
家や車の売買など取引が頻繁になされないビジネスでは、売る側が取引の瞬間に「なるべく多い額を絞り取ろう」とする。そりゃそうだ、一度打売ってしまえば今後の関係はないに等しい。
逆に何度も取引をするビジネス、スーパーマーケットや備品補充などは継続的な「お付き合い」がなければ儲からない。したがって顧客をそれなりに大事にする。
大きな買い物をする前に覚えておこう。
安いプレゼントを喜ぶやつはいない
安い高いの判断は絶対的なものでなく相対的なものである。5000円という値段が提示された商品を考えてみよう。これが鉛筆だったら「高い」と感じる人がほとんどであろうが、パソコンだったら誰もが「安い」と思うはずだ。
プレゼントに安いものをもらって嬉しい人はいない。値段の相対性を考えれば「いくらだしたか」ではなく「何に」「いくらだしたか」を考えることがプレゼント選びの肝である。もちろん人に渡す物として最低限の金額もあるので、その辺りを総合的に考慮しよう。あとは気持ち。
おわりに
参考になるかどうかは捉え方次第だが、とても面白い本だった。1時間かからずに読めるので興味がある方はぜひ。