森の雑記

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メディアが動かすアメリカ

メディアが動かすアメリ

民主主義とジャーナリズム

 

はじめに

 連邦議会トランプ大統領の支持者が占拠する未曾有の事件が起こった。この事件には死者も出てしまった。大統領はこの過激な行為を煽ったとしてツイッターなどのアカウントを停止された。まさに前代未聞、とんでもない出来事である。

 彼らは一体なぜこのような行為に及んだのだろうか。トランプ大統領に焚き付けられたから?選挙集計に不正があったから?暴力的にならざるを得ないほど生活が苦しかったから?理由はいくらでも考えられる。その中には「メディア」から発信される情報を過度に信じたり、逆に全く信じなかったり、「報道」が行動の意思決定に大きく影響した人もいるのだろう。

 アメリカ人はメディアをどのように捉えているのだろうか。そんなこと知るために、ちくま新書「メディアが動かすアメリカ 民主主義とジャーナリズム」(渡辺将斗著)を読んだ。

 

全体をみて

 様々な視点からアメリカとメディアの関係を考察する一冊。著者は米下院議員事務所や2000年の大統領選陣営ニューヨーク支部などで働いた経験を持つ、アメリカ政治のエキスパートである。この独特な経験が本書の記述に存分に発揮されている。

 挿入されるエピソードは実に具体的でわかりやすいし、論旨は明快で簡潔。元記者であるためか、取材力が非常に高く、それを文章かすることにも長けているのだろう。時折差し込まれる写真も、イメージを膨らます手助けをしてくれて嬉しい。

 僕のような素人にはかなりいい本だと思った。

 以下、各章について。

 

第一章 テレビニュース

 テレビ報道について。アメリカのニュース番組は限定された出演者がカメラに向かって語りかける「情報伝達」スタイルでなされる。記者出身のアンカーマンが各記者、リポーターをつないでいくような形式である。これに対し、著者は日本の報道番組を「演劇鑑賞」スタイルと呼ぶ。コメンテーターと司会者、出演者の掛け合いを見せるからこう呼ぶのだが、言い得て妙。

 また日本でニュースを伝える「アナウンサー」とアメリカの「アンカーマン」は大きく異なるとも。前者はジャーナリストではないことも多いが、後者はほぼ必ず記者あがりである。アメリカのアンカーマンには番組の編集権など、構成に関わる大きな権力を持っており、まさに報道人なのだ。このことによる弊害もあるそうなのだが。

 

第二章 政治

 今度は政治のお話。著者のアメリカでの経験が存分に発揮される章である。

 この章で面白かったのは日本の「番記者」制度についての記述。極めて閉じられたこの制度は「記者クラブ」制度とも異なる「3層構造」を持つと著者。メンバーシップをかなり強く求めること。メンバー内では公式に得られる情報に差がないこと。他社を「抜く」ためには個別の努力がいること。つまり「排他・建前としての横並び・水面下での競争」という3層構造が形成されているようだ。このメンバーシップに入るためには、1人の人間を特定の人物に張り付かせておくだけの経営資源がないと厳しい。

 バーバラ・スター記者の話も面白い。ペンタゴンに独自のコネクションを持つ彼女は、得た情報をすぐに流すことはない。そのため国防総省よりだと批判されることもある。しかし外交やインテリジェンス類型に携わる記者には、会社も権力批判を求めていない。求めるのは、スターのような記者が得た情報を社内でのみ横流しすることで、別のニュースを補強する役割だ。話す側も彼女が情報ソースを出さないことをわかっているから、正確な情報が集まる。スター記者が横断的に他のニュースを補強することは非常に価値あることだ。記者にはこういう道もある。

 

第三章 言論

 日本とは違い、アメリカのテレビ報道ではイデオロギーが前面に出る。FOXは保守メディアとして成功した。そんなテレビにおける言論の話。

 アメリカのメディアはこうした事情から分断が激しいことは周知の事実だが、驚くべきはメディアを監視するチームも左右で分断されていること。リベラル派メディアは保守系団体が監視、保守系メディアはリベラル派団体が監視、といった具合だ。BPO的な中立の第三者が監視を担当することはない。そりゃ選挙もあんな風になるわ。

 加えて著者が高く評価する「ファイアリング・ライン」というディベート番組も面白そう。この番組の功罪のうち「罪」にも注目しながら、しきりにお勧めしてくれるので。

 

第四章 風刺

 アメリカで政治コメディはジャーナリズムの一形態だと認識されている。僕が好きなハサン・ミンハジの「PATRIOT ACT」もそういう意味ではジャーナリズムになるのだろう。すごく面白いので是非見て欲しい。

 本書で紹介されるコメディアンで面白そうなのは、イギリス人のジョン・オリバー。事前情報なしに見ると普通のオピニオンショーに見えるくらいの作りになっているらしい。日本のゆるキャラを風刺しながら最後は陰謀論を茶化す。古典的ながら芸術的なやり口だ。

第五章 移民

 特定の民族を対象にした「エスニックメディア」についての章。中国関連のメディアに大きな文量が割かれる。ユダヤ系メディアの紹介で、「政治言語」の重要性を語る際に引き合いに出された「台湾語」の話は、この間読んだ「台湾生まれ日本語育ち」に通づるものがあった

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おわりに

 アメリカでの日系人投票率を高めるために、ニューヨーク本部で働いていた著者は「ほんのささやかな抵抗」をする。イベントに日系人政治家を招き、日系人アンカーマンに演説を以来したのだそう。

 このような行動は素敵だと思う。政治やメディアにアクセスしない、できない人に目を向けることは、各人の情報摂取に資するからだ。議会に殴り込んだトランプ大統領支持者も、渡辺さんのような人がそばにいれば、あるいは。