森の雑記

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K君のこと

K君のこと

 

ただの昔話です。

 

 

 高校時代の思い出の一つに後輩のK君に関するものがある。僕はそれを「ティッシュ募金箱事件」と勝手に名付けているのだが、今日はその事件について書きたい。

 

 高校3年生になっていよいよ卒業が見えてきた夏頃、僕の所属する生徒会では募金活動が企画されていた。たしか緑化活動を目的にした募金だったと思うけれど、記憶は定かでない。僕たち3年生は、6月ごろにある学園祭で生徒会を形式上引退することになっている。そしてその後ひと月ほどは引継ぎ期間になり、少しづつ後輩に仕事を託していく。この募金企画はそんな引継ぎ期間に持ち上がったものだった。

 

 もちろんこの企画も引継ぎ指導を兼ねていた。仲の良かった同期が企画のリーダーとなり、取り組みの立ち上げから終わりまでを後輩にレクチャーしながら進める。活動を通して後輩に様々なことを教えようというわけだ。そして僕もこの計画に一枚噛むことになった。

 

 募金は生徒会の役員が直接生徒に呼びかける形で行われることになった。登下校時刻に、役員が募金箱を持ち、正門や中庭で声をかける。活動には当然手に持てるサイズの募金箱が必要だ。都合よく備品に募金箱があるはずもなく、どこかしらで調達しようと僕と同期は話し合った。結果、百円ショップなどで売っている貯金箱の周りを画用紙などで覆い、絵柄を見えないようにして募金箱にしよう、こんな結論に至った。ああいうところで売ってる貯金箱って露骨にドルマークがついていたりするじゃないですか。

 

 そういうわけで方針が決まったので、貯金箱を調達する。前述の通りこの活動は引き継ぎも兼ねているので、買い出しを後輩に任せることにした。そのとき名前が上がった後輩こそ、当時1年生だったK君である。1年生は学園祭などで基本入場整理等のいわば下っ端的な役割をするため、このようなお金の関わる活動には参加したことがない。今後のための経験としてこの機会を使うべく、同期と同じ部署(たしか生徒会ボランティア局という名前だった)の後輩である彼に声をかけたのだ。

 同期「K君、貯金箱を買ってきてほしい」

 僕「今度の募金で使うやつね」

 同期「生徒会費の千円を渡すよ」

 僕「10個くらいほしいな」

こんな会話を僕、同期、K君の3人でした。彼は、

「わかりました!」 

と気持ちの良い返事をして放課後、自転車で街に向かったのだった。

 

 さて、僕と同期は生徒会室で彼の帰りを待つのだが、なかなか帰ってこない。駅方面の街と学校はそこまで遠くもないし、百円ショップもいくつかある。品切れだとしても簡単に別の店に行けるはずだ。やっぱり一緒に行けば良かったかなあ、などとだらだら待つこと2時間。ようやくK君が戻ってきた。手には東急ハンズの袋が下げられている。この時はまだ「あ、東急ハンズで買ったんだ」くらいに思っていた。しかし、この後僕らの目の前で彼が袋を開封すると、状況は一変する。なんと袋の中にはティッシュを入れるための透明なガラスケースが、たった一つ入っているのみであった。

 「なんかちょうどいい感じのものがなくて、これにしちゃいました!」

 「これでもお金入りますもんね!」

 「透明だし中も見やすいです!少し口が大きいのでガムテープとかでちょっと塞ぎましょう!」

 「あとこれ1,200円くらいしたんですけど、足りなかった分もらってもいいですか?」

 

 僕も同期も目の前の言葉とバカでかい透明ティッシュケースに思考が止まった。

 同期「え?10個って頼まなかったっけ」

 K君「いやあ笑 ちょうどいいのがなくて」

 僕「百均とか見てみた?」

 K君「あんまり百均とかいったことないんですよね…」

なんということだろう。しかもティッシュケースが入った包装は、彼の手によって開封されてしまった。これでは返品もできない。ニコニコしているK君に「ちょっと待ってね、」と伝え、僕と同期は部屋を出て相談した。

 

 話した結果、①K君のティッシュケース購入によって足が出た分は僕らで補填すること。②僕らで追加の貯金箱を買いに行くこと。そしてその追加分も僕らが払うこと。この2つの決定がなされた。そして速やかに部屋に戻り、K君と話した。彼にはまず、このお金は生徒会費なので無駄に使ってはダメで、予算を超えそうな時は先に連絡をしてほしい旨を伝えた。続けて、僕らの曖昧なオーダーが彼を混乱させてしまったことをきちんと謝罪した。

 

 僕らは、1000円渡して貯金箱10個を頼めば、当然百円ショップなりなんなりで買ってくると決め込んでいた。しかしそれは彼の常識とは異なるものだ。思えば注文の時、僕も同期も一度だって百円ショップとは口にしていなかった。後々他の後輩に話を聞いたところ、彼の家はとても裕福らしい。百均と無縁な人間もこの世には存在する。

 

 K君との話を終え、同期と僕は二人で街に向かった。空は暗くなりかけていて、夕日はもう見えない。目的地はもちろん百円ショップ。

 「こういうこともあるもんだね」

 「びっくりしたわぁ」

 「K君には悪いことをしたねえ」

 こんなことを話しながら立ち漕ぎで自転車を走らせる。街の百均は閉店が早いのだ。

 

 世の中には様々な人がいて、そのひとりひとりが全く違う背景を持っている。僕はあの時ほどそれを痛感したことはない。異なる常識を持つ相手にはきちんと言葉を尽くすべきだ。18歳でそれを学べたことは良いことだと思うし、当時のお小遣いからすれば1000円は高かったけれど、授業料だと思えば安いものだ。

 

 現在、大阪の大学に通う同期とはちょくちょく連絡もとるし、お互いが帰省した際には日程を合わせて飲みに行ったりもする。その時にらやっぱりK君の話をしてしまう。若い自分たちのいたらなさ、K君の無邪気な笑顔、どれも昨日のことのように思い出せる。あれは俺らのミスだったねえ、とも。

けれど、最後にやっぱり僕らは言う。

「いや、あれはKが悪くね?」