森の雑記

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銀河ヒッチハイク・ガイド

銀河ヒッチハイク・ガイド

 

はじめに

 先日紹介したTSUTAYAの企画「いま、これ読んでる」。これには森見登美彦先生意外にも多くの方々が選者として参加していて、翻訳家の岸本佐知子さんも名を連ねる。僕は「ネにもつタイプ」を読んで以来彼女のファンであるので、こちらの選書も気になっていた。今回は岸本さん推薦6冊のうちの1冊、河出書房新社銀河ヒッチハイク・ガイドダグラス・アダムス著 安原和見訳について。

 

全体をみて

 ぶっとんだ設定とハイテンポな進行が特徴のSFコメディ。地球の滅亡から偶然逃れた男、アーサーとその友人で宇宙人、彼を救った張本人のフォード、2人の宇宙をかけるヒッチハイク

 ド派手なアクションとCGを売りにするハリウッドコメディのような煽り文句がぴったりの1冊だった。岸本さんこういうの好きそうだよなあ。 

 ちょくちょく出てくるテクノロジー描写は全く理解できないけれど、とてもワクワクする物語だった。本書は後にシリーズ化したらしく、合計5冊出たようだ。

 以下、好きな部分について。

 

アーセナル p31

 まだ地球も平和な序盤、フォードとアーサーはパブに出かける。そこでの会話に僕の心のサッカーチーム「アーセナル」が登場。さすがはイギリスが舞台の小説。ロンドンはアーセナル抜きには語れるまい。全く予期せぬ場面で既知のものに出くわすと、何やらニヤニヤしてしまいますよね。

 

「なかなか結構な詩でしたね」p90

 ヴォゴン人の宇宙船に忍び込んだ2人。しかしあえなくつかまってしまい、磔にされる。そこで待っていた拷問は「ヴォゴン人の詩」。「宇宙で3番目に恐ろしい」と表される彼らの詩を聞き、絶命した者もいるという。そんな凄まじい詩を目の前に、失神寸前のフォード。しかし涼しい顔でアーサーは言う。「なかなか結構な詩でしたね」。

 馬鹿馬鹿しいながら、文明間のギャップが垣間見える場面には思わず笑ってしまった。ナイスアーサー!

 またこのパート終盤に出てくる悩めるヴォゴン人の若者も愛らしい。アーサーとフォードを真空宇宙に放り出そうとしながらも、2人との会話に「気にかけてくれてありがとよ」と呟く若者がたまらない。宇宙人に人間味を感じたのは初めての経験だ。

 

「前に会った」p144

 銀河帝国大統領ゼイフォードは本作のメインキャラクターである。真空に放り出されたアーサーとフォードを救うのが彼。中盤以降の旅はアーサーとフォード、ゼイフォードとその恋人トリリトンの4人を中心に進む。

 そしてこのゼイフォードはフォードのはとこである。感動の再開を喜ぶ2人を他所に、アーサーが衝撃的な発言をする。「前に会った」。

 実はアーサー、イギリスに住んでいた頃、パーティーで女性を口説こうとして失敗した経験がある。話している途中別の男にかっさらわれてしまったのだ。そしてその男こそゼイフォードであり、女性こそがトリリトンだったのだ!

 ご都合主義と言えばそれまでだが、やっぱりこういう展開は熱い。宇宙からきまぐれに地球に立ち寄ったゼイフォードと地球人のトリリトン、2人との出会いを境にストーリーは加速していく。

 

「四十二です」p242

 滅亡前の地球を真に支配していた生物、ネズミがその英知を結集してとんでもないコンピューターを作り上げた。その目的は「生命宇宙その他もろもろの『回答』を得ること」。超高性能コンピューターが750万年かけて出した答えが「四十二」。

 もう本当にばかばかしくて良い。コンピューター曰く、知能が足りないから我々はこの数値の意味が理解できないのだというが、それにしてもこのふざけようである。作者は何を突き詰めてこの数値にたどり着いたのだろう。

 

「自殺してしまいました」p287 

 ゼイフォードが乗る宇宙最高の「黄金の心」号は「無限不可能性ドライブ」を実現したすスーパーシップである。そんな船にはこれまた高性能のロボット「マーヴィン」が搭乗するが、彼はうつ病である。

 知能が高すぎて鬱になったようだがこのマーヴィン、とにかくネガティブである。終盤まで数々の発言に気が滅入ってしまうけれど、ラストシーンで彼が本領を発揮。ゼイフォードを追う宇宙警備隊に4人が追い詰められた際、突如警備隊の動きが停止。一体なぜかと思いながら「黄金の心」号に戻ると、そこには警備隊の船と自らを接続したマーヴィンがいた。暇つぶしに他の機械と自分をつないで交信したところ、マーヴィンの思考に毒された警備隊の船は「自殺してしまいました」。

 これによって警備隊員の宇宙服的なものの制御が滞り、彼らは死んでしまったようだ。

 ここの脱力感というか、これまで鬱陶しくも愛かったマーヴィンを、真に好きになれる感じがとても良かった。

 

おわりに

 「銀河ヒッチハイク・ガイド」は数々の宇宙ヒッチハイカーらによって編纂された、銀河についての百科事典である。そこには僕らの星地球についてはこう書いてある。「無害」。これが宇宙から我々への評価らしい。しかし地球にヒッチハイクしたフォードによって記述はこう変わる。「ほとんど無害」。

 僕らからすると全くもって遺憾な評価だけれど、この先あと4巻、アーサーの活躍によって記述が変更されることはあるのか。見ものである。