森の雑記

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ぼくらの仮説が世界をつくる

ぼくらの仮説が世界をつくる

 

はじめに

 ビジネス書にはスピード感がある。比較的読みやすいから短時間でコンテンツ摂取が終わるし、書いてあることが現実に根ざしているから即効性もある。これがスピード感の正体であろう。だがしかし、多くの即効薬や短期間ダイエットがそうであるように、ビジネス書には持続性がないように思える。名作小説や新書と違ってビジネス書を読み返すことはなかなかない(少なくとも僕はそうだ)。加えて言えば、ビジネス書の記述の多くはひと月、いや半月もあれば忘れてしまう。

 だから僕はビジネス書が少し苦手である。読後になんだか急かされる感じがするし、しばらく経つと実践できていない。もちろんこれは本のせいではなく僕のせいなのだけれど。 

 と言いながら、やっぱり月に1冊はビジネス書を読んでしまう。のんびりと生きるのもいいけれどたまにはスピードが欲しいし、焦りたい。何かに向かうエネルギーが欲しい。ウィダーインゼリーを飲むように。10秒飯である。

 今回は株式会社コルク代表取締役佐渡島庸平著のビジネス書「ぼくらの仮説が世界をつくる」ダイヤモンド社 について。

 

全体をみて

 多くのビジネス書がそうであるように、本書も改行が非常に多くて読みやすい。口調も柔らかで、まるで佐渡島さんが目の前にいるかのよう。彼は講談社を退社して「作家のエージェント業」をする会社コルクの代表で、本書では基本的にその経験を通した知見が語られる。さすがは元講談社、出てくる事例のコンテンツはビッグネームばかり。

 重要点は太字で強調されるところもいい具合に力がこもっている。これはちょうどよく「急かされる」ことができそう。

 以下、各章について。

 

第1章 ぼくらの仮説が世界をつくる

 タイトルにもある「仮説」について書かれる章。

 ここで強調されるのは「仮説ファースト」の大切さ。僕たちは様々な場面で「仮説を立てる」ことを教わる。何かを実行する前には、問題に対して「仮説」を持ってアプローチし、それを検証しつつ問題を解決せよ。聴き飽きたようなセリフだが、その仮説を立てる際に重要なことがある。それは「まず仮説を立てる」ことだ。多くの場合、僕らはなるべくたくさんの情報を集めてから仮説を立てようとする。前年の売り上げや傾向、顧客のデータなどである。

 しかしこれは「過去」のデータである。新しい問題を解決する際、新たなことに取り組む際、もちろん過去は重要な示唆をくれる。だが、過去ありきで考えるとどうしても前例主義的になり、新鮮なアイディアは出にくい。だからこその「仮説ファースト」である。

 ある事象に対し、まずは肌感で仮説をたて、それを補強するようなデータを探す。なければ仮説を撤回、修正する。こうすることで前例主義を打破することができる。

 

第2章 「宇宙人視点」で考える

 「宇宙人視点」とは物事の本質を捉えるための視点。例えばCMとステマ、両者ともに「金をもらって商品を褒める」なのに後者は叩かれる。宇宙人から見ればさぞ不可解だろう。第2章ではこんなふうに本質の差異を見つめる「宇宙人視点」を持つことを説く。

 特に面白かったのはフジテレビの視聴率ダウンを分析した部分。原因にはしばしばコンテンツ力の低下が持ち出されるが、筆者曰くこれは本質でない。

 では何が原因かと言えば、「地デジ化」「リモコン」がそれではないかと。地デジ化で他局のチャンネル番号が若くなる中、フジは変わらず8チャンネル。これはいわゆるザッピング、チャンネル回しを多用する現代視聴者と相性が悪い。NHK1・2、日テレ4、朝日5、TBS6、テレ東7、フジ8、フジは番組を順番にみていく場合、最後に「回される」。こうなると7チャンネルまでに面白そうな番組があれば、8に指が動く可能性は低いだろう。これが視聴率低下の原因である。佐渡島さんはそう分析する。

 もちろんこの限りではないと思うけれど、なるほど一理ある。この仮説をデータで検証して欲しい。

 

第3章 インターネット時代の編集力

 編集者の観点から現代を見る章。

 第3章で印象に残ったのは「分人主義」の考え方。人は1つの性格でなく、他者の数だけ性格が出る、ざっくりこんな考え方である。他人との別れを悲しく感じるのはその人によって引き出されていた「自分」がひとつ失われるためでは?と。

 確かにかけがえのない人を失うのは、当然それ自体が悲劇だ。しかし副次的に「彼女/彼によって存在した自分」も失われる。失恋はより副次的悲哀の方が強いんじゃないかな。

 

第4章 「ドミノの1枚目」を倒す

 結果を出すのに重要なのは、後ろにたくさんのドミノが控えている列の「1枚目」を倒すことである。

 ひどく抽象的だがそれゆえに応用が効く格言である。まず後ろにドミノが控えていないと意味がない。連鎖反応なしに、単独の行為で成功は掴めないからである。英単語を覚えてもそれが読解に繋がらなくては意味がない。また、1枚目を「倒さないと」意味がない。一歩目を踏み出さなくては次もない。まず過去問を解こうとしても到底無理だから、英単語など「倒せる」1枚目から始めよう。

 

第5章 不安も嫉妬心もまず疑う

 感情コントロールについての章。

 特にためになったのは「負の感情」をエネルギーにしないこと。反骨心、ライバル心、嫉妬心多くのマイナス感情はエネルギーになりうるが、これは生産元を他者に依存した資源である。対して「好き」「やりたい」という正のモチベーションは自給できる。それもコンスタントに。好きなモノ/コトがない人はなかなかいないからである。日本の食糧問題と同じく常に自給率100%を叩き出すのは容易でないが、自給の比率を高めていくことが大事ではないかと思う。

 

第6章 仕事を遊ぶトムソーヤになる

 まあよくある言い回し。かの有名なペンキ塗りの事例も登場。

 トムソーヤというとはやみねかおる先生の「都会の」が思い出される。

 さておき、「嫌なことから先にやる」「『面白い』は自分にとって新鮮なだけ」など、この章ではたくさんの面白いハウトゥーが出てくる。

 

おわりに

 この本は最後の一行がかっこいい。ここまで散々煽ったのち「仮説を実現するために、一緒に働く仲間を探しています」。これには痺れた。就職活動前に読んでいたら僕には違う未来が待っていたかもしれない。

 冗談はさておき。いずれ佐渡島さんと遠くない分野で働く僕には、この本で得たエッセンスがきっと役立つことだろう。問題はいつまで覚えていられるかだ。「ビジネス書の短所及び長所はスピード感」この仮説はこれから検証していこう。