森の雑記

本・映画・音楽の感想

憲法という希望

憲法という希望

 

はじめに

 この間塾で公民の授業をしていると、テキストに「集団的自衛権」についての記述を見つけた。少し複雑な概念なので、重要な理由も含めてきちんと教えようとしたら、ついつい喋りすぎた。大学で憲法を勉強したからと言って、公民系の説明が淀みなく簡潔にできるかといえば、実際は違う。複雑な問題や物事の両面を知るが故に、かえって慎重に話すようになるからである。

 それにしても、学べば学ぶほど憲法は奥深くて興味深い。大学生活を経て、この面白さを少しでも伝えたいと思えるようになった。そしてこの面白さ、僕の知的好奇心を煽ってくれた方こそ、講談社現代新書の「憲法という希望」を書いた木村草太先生である。

 木村先生の憲法学は僕の目にかなり新鮮に映った。授業は「何が問題か」を明快に教えてくださるので、しがない学生にもわかりやすい。憲法に対する先生の立場には賛否両論あるようだが、大きな意味での「憲法を考える」必要性については多くの人が認めるところであろう。

 

全体をみて

 木村先生が一般の人に向けてなるべくわかりやすく憲法について語った本書。言葉遣いも平易だし、後半には「クローズアップ現代」の国谷裕子さんとの対談も収録されているので、本当にスラスラと読める。また巻末には日本国憲法の全文が掲載されているので適宜参照することもできる。

 以下、憲法の可能性を考える本書の各章について。

 

第1章 日本国憲法立憲主義

 憲法は「歴史上国家がやらかしてきた失敗リスト」だという木村先生。そう言われると確かに、日本国憲法は「無謀な戦争」「人権侵害」「権力の独裁」という3大失敗を禁じているように見える。

 ホッブズが「リヴァイアサン」で行った「万人の万人に対する闘争」は人間が皆平等であるが故に起こる問題であり、平等な人間同士には序列による統制が効かないからこそ、自然状態では秩序が成立しない。そこで「国家」という枠組みをもって混乱を収め秩序を成立させたのが国の第二段階、「近代国家」であるそう。

 書いていてこの理解であっているか自信がない部分もある。「万人の」はこの文脈で使われた言葉ではなかったかもしれない。

 でもまあ、「国家」によって秩序ができた状態をver2だとみる、この理解は概ね間違い無いだろう。その後「立憲主義」のアイディアを用いて人権保護や権力濫用を防ごうとしたのが現代国家、つまりver3の国家なのである。

 

第2章 人権条項を生かす

 夫婦別姓を題材に人権条項の使い方を考える章。この問題は先生の授業でも何度か用いられるのだが、弁護団の勉強会に呼ばれて正直に「これでは主張を退けるのは楽ですね」みたいなことを言って冷たい目で見られた話が僕は大好きである。

 確かに原告が「男女間の格差」を差別として訴えても、「結婚するかどうか」「苗字を夫婦どちらのものに揃えるか」この2つが自由に選択できる制度においては、あまり効果的でない。簡単に「差別はない」と言えてしまうからだ。

 先生がいうように「民法上の結婚をしている同姓カップル」「民法上結婚していない異姓カップル」間の待遇格差を不平等として訴えれば、少なくともバッターボックスには立てる。

 

第3章 「地方自治」は誰のものか

 今度は憲法学の2本柱の内、統治機構論について。ここでは「普天間基地辺野古移設」を題材に考える。

 この問題については多くの議論があり、また複雑な背景があるから、ひと口に「何が正しいか」みたいなことは言いにくい。

 だが「移設には立法手続きと住民投票が必要」という主張を憲法を元にすることは十分可能であるように思う。この主張なら移設自体を否定しているわけではないし。

 先生が憲法41条で一般的に言われる「国政の重要事項」と憲法92条、95条にある「地方自治」を元に「木村理論(木村定跡)」組み立て、それを受けて松田公太議員が安倍前首相と国会で論戦をかわす姿はなんだか感動ものである。

 国会での論戦、特に憲法に関するものは両者の考え方がぶつかり合っていて非常にスリリングだし、このような議論を積み重ねることは必ず後世に役立つと思う。どちらも一歩もひかない感じがピリッとしていて良かった。討論の様子は参議院の議録が巻末にあるので是非読んでほしい。

 

第4章 対談「憲法を使いこなす」には

 国谷さんと木村先生の対談。きちんと勉強した上でする僕らの理解を助ける国谷さんの質問に唸らされる。こういう人が話を引き出してくれれば、専門家の持ち味が十分に発揮されるのだな、と思った。

 

おわりに

 憲法問題、それは多くの(感情的な)議論を呼ぶ。自衛隊にまつわる論点や家族のあり方に関わる論点など、やや抽象的にもなりうる事柄に対し、僕たちはしばしば思考を放棄して「いやだ」とか「常識外」とか、直感的、情緒的に反応をしてしまうことがあるからだ。

 しかしこれでは前進できない。冷静に、合理的な思考のもとで議論や判断を繰り返すことで、初めてより良い結論にたどり着くことができる。

 憲法12条にはこうある「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。」