森の雑記帳

本・映画・音楽の感想

君はポラリス 疑問が彩る人間関係

君はポラリス

疑問が彩る人間関係

 

はじめに 

 先日「罪と罰を読まない」の記事を書いた際、三浦しをんさんの代表作として「君はポラリス」をあげさせていただいた。しかし、代表作と挙げていながら、僕はこの作品を断片的にしか読んだことがなかった。恥ずかしいかぎりだ。そこで、借りた「君はポラリス」をもう一度引っ張り出して読むことにした。

 

全体を見て

 これまた個人的な話で恐縮だが、僕は本のあとがきや解説を基本的には先に読む。中にいわゆるネタバレが入っていてもあまり気にならない。しかし、本作はその例外だ。

 新潮文庫から出た「君はポラリス」の解説は中村うさぎ先生によるものだった。いつも通り先に解説を読み始めた時、「あ、これは先に読むとよくない」と冒頭の1ページで勘が働いた。短編集である今作において、各物語にテーマ設定がなされていることへ言及したこの解説をこれ以上読んでしまうと、自分でテーマを予想する楽しみがなくなる、と思ったためである。

 先に読んだことで、各物語に「テーマ」が存在することを知ることができたが、ここで解説を読むのを中断しよう、そう思って短編集を頭から読み始めた。

 さて、肝心の内容だが、各作品それぞれ色はあるものの、どの物語にも「疑問」がつきまとう。一般的な感覚とはズレている登場人物が出てくる各短編において、前半ではなぜそんな感覚を持っているのかがなかなか描写されない。

 普通、「人の感覚」は他者から見ると理解するのは難しい。あの子はなぜ自分に振り向かないか、彼はなぜあんなにも誠実なのか。噂、本人、どんな出所から理由を聞いてもやっぱり他人の感覚はどうも腑に落ちない。各短編の前半はこんな気持ちをより一層強くする。

 しかし、後半。明らかにおかしな(狂ったと言ってもいいかもしれない)登場人物たちの言動が妙に納得できるようになる。ぼんやりと自分の中にも同じ感覚が宿ったような気になる。ここが三浦先生の天才的なところだ。直接聞いてなお理解し難い他者の感覚を、いとも簡単に「文章」で納得させてしまうのである。

 登場人物の風変わりな感覚が納得できてしまうような気持ちを楽しみつつ、短編ごとのテーマを考えて読むことをお勧めしたい。

 以下、特に好みの短編について。

 

永遠に完成しない二通の手紙

 おそらく男子大学生の二人、岡田と寺島の物語。合コンで知り合った年上の女性に手紙を送ると言い出す寺島と、それを手伝う岡田の会話劇。

 この物語の痺れるところは、タイトルに「二通の手紙」とあることだ。読み終えればなんのことはない、寺島を好きな岡田から、その思いが伝えられることはないこと。だらだらと話し、ああでもない、こうでもない、となかなか手紙が完成しないこと。これが二通の手紙が完成しないということか、と思う。だが待て、岡田の思いはまだしも、寺島の手紙が「永遠」に完成しないのはおかしくないか。いくら文章に四苦八苦していても、手紙はいつかは書き上がるものだ。

 ここで、途中の寺島のセリフ「すぐにだれかを好きになるのは、だれのことも好きじゃないってことだ」が効いてくる。惚れっぽく飽きっぽい彼は本当の意味で誰かを好きになることはない。だから、寺島が「ラブレター」を本当の意味で書ける時は永遠に来ない。

 本当の意味で誰かを好きになれない、とか、同性愛、とか、決して一般的ではない感覚だけれど、読み終えるとなんだかわかる気がする。この物語を単に同性愛のジャンルで片付けるのは非常にもったいない。

 ちなみに、この短編のテーマはラブレター。

 

ペーパークラフト

 閉塞感に囲まれる主婦里子と、その旦那始、及び旦那の後輩勇二の話。浮気を繰り返す旦那、それを突き止める後輩、後輩に怒りつつ、ひかれる主婦。

 描写のリアリティがとてつもない。里子が息子の写真を見せると、「礼儀正しく」関心を示す勇二が書かれるところでは、勇二の興味のなさ、それと裏腹な前のめりの姿勢が目の前に浮かんでくるようだった。

 そして里子、もう勇二の手ばかり見ている。窓についた手、ペーパークラフトを作る手、そんなに見つめますか。里子は始の浮気に勘付きながらも見過ごすし、息子と二人で部屋にいるところを勇二が温ねてきた際、「パパ?」と聞く息子に「そうよ」と答えるし、なんかもうすごい。でも、そんな里子の内心に少しづつ共感を覚える自分がいることに再び驚く。

 テーマは三角関係。

 

春太の毎日

 どのくらい春太が「ペット」であるのかに気づくか選手権。これ確か、何かのアンソロジーに載っていた話だと思う。読んだことがあった。小学生くらいに冒頭の数ページを読ませて、春太に関する設問を出せば、その子が文学好きになるかどうかわかるんじゃないか。

 テーマは最後の恋。

 

永遠に続く手紙の最初の一文

 短編集のラスト一話にして、まさかの岡田と寺島が再登場。舞台は彼らの高校時代。この頃から岡田は寺島を「好き」だと気づいていたらしい。

寺島の幸せと不幸せを同時に祈る気持ち、こんな不思議な気持ちに名前があるのは不思議だ、と心の中で思う岡田。いつだって彼が寺島へ、最初に思うのは「好きだ」ということで、それは永遠に伝えられることがないのだろう。

テーマは初恋。

 

おわりに

 一通り読み終えたのち、再び解説に戻ってくる。この解説がもう名解説。この作品に共通するのは「秘密」であるという中村うさぎ先生の解釈に唸らされる。先の読まなくて本当によかった。読んでいたら、もう全ての物語が「秘密」の物語に感じられていただろう。恐ろしい、中村先生。

 ところで、この作品にはタイトルの「君はポラリス」という物語がない。よくある、短編の中で印象的なタイトルをそのまま表題に持ってくるものではないらしい。多くの狂信的とも言える気持ちや感覚を収録した、この短編集の表題「ポラリス」を辞書で引くとこうある。

ポラリス北極星。または極の意味。転じて、変わらないもの。目指すべき一点。」