森の雑記

本・映画・音楽の感想

源氏物語を知っていますか

源氏物語を知っていますか

 

はじめに 

 源氏物語にまとめて「触れた」経験が3度ある。

 1度目は高校生の時。受験や模試の古典にはこの大河ドラマがとられることが多い。そのためある程度話を知っておけば、読解問題に有利だと考えた。そこで「漫画でわかる」的なものを購入し、おおまかな流れ、メインの登場人物を知った。元々興味はあったので楽しく読めたし、漫画ということもありキャラ立ちした登場人物らに惹かれた。

 2度目も高校生の時。受験に切羽詰まった時期だったが、息抜きがしたい。けれどゲームに興じるのも後ろめたい。そこで手に取ったのが俵万智訳の源氏物語。こちらも楽しく読めたし、どことなく光源氏には共感できるポイントが多いな、と思ったのを覚えている。

 3度目は大学3年の時。俵万智役を読んでから3年が経過し、記憶が薄れかけたころに、中田敦彦Youtube大学を見た。こちらはあっちゃんらしく寸劇を交えながら解説した動画で、けっこう笑える。頭中将と光源氏の舞を再現するところがおもしろい。

 だからこそ、「源氏物語を知っていますか」(新潮社)というタイトルを発見した時には「いや知ってるわい」と思った。これまでに3度も読んでるんだぞと。けれど胸中は晴れやかでない。原文を全部読んだわけでもないし、3度のうち2度はダイジェスト版なのだ。すごく好きな物語だと言い切れるが、実際の文には断片的にしか触れたことがない。この状況で「知っている」と大見得は切れない。

 気づけば阿刀田高著の本書を手に取っていた。

 

全体をみて

 まず分厚い。総ページ数は491頁にもなる。1冊読み終えるのに日を跨いだのはいつぶりだろう。

 そして読みやすい。大典を順繰りに解説してくれるのだが、読解の難しい部分や華美さの描写には深入りせず、あっさりと済ましてくれるのがいい。

 さらに面白い。著者がピックアップした見所には私見も交えてたっぷりと語ってくれる。なるほどそういう機微があるのね、と頷きながら読める。

 以下、特に好きな場面を。

 

惟光、支度をしろ。行くぞ。

 源氏物語きっての名(迷)シーン、若紫誘拐の場面である。兵部卿宮が来る前に、一気に幼女を奪取しに行く光源氏。その時側近の1人、惟光にかけた声を著者が想像したセリフがこれ。

 有名な場面を臨場感溢れるテイストで紹介する著者の腕に脱帽。今の常識で考えたら本当にありえないんだけども、なんだか光源氏らしいというか、この行動力が彼のかっこいいところでもあるんです。

 

元鞘タッグ

 六条御息所が亡くなったのち、娘の斎宮の取り扱いに思案を巡らす光源氏。そして彼女を冷泉帝のもとに入内させようと思い立つ。しかしこの姫君には朱雀院も興味を持っているようだ。こちらも邪険に扱えない。

 そんな時、藤壺女院に相談を持ちかける。この2人がうまいこと連携し、斎宮の入内を達成、めでたしめでたし。

 さて、ここで面白いのはもちろん冷泉帝実の父は源氏であること、母は藤壺であることの2つである。息子のために元鞘2人がテキパキと行動していく姿がなんだか凛々しい。絶対に口外できないけれど、夫婦ですものね。

 

強かな紫

 源氏が養女として引き取った玉鬘にご執心なのは髭黒大将。それをニヤリと見つめる光源氏。親としての体を取りながら、彼もまた玉鬘に心を惹かれているご様子。

 そんな夫に危機感を持つお馴染み紫の上。「賢い人だ」などと言い訳をする夫に、「賢いならなぜ玉鬘はあなたを頼るの?」と鋭い一言。「私は頼りにならんかね」と返すのにも、「最初は私もあなたを親のように頼りにしておりましたけど」と、こちらも強烈。

 紫の上にしか言えない一言で強かにジャブを打つのがかっこいい。

夕霧まっしぐら

 落葉宮を口説く夕霧がちょっと怖い。既成事実をぐんぐんと作り上げ、女房を見方につけ、とその手は素早い。彼には雲居雁がいるのに、、と思うのは現代の感性だろう。

 この男は真面目ちゃんゆえにこういう時は真っ直ぐ突き進む。

 

奥ゆかしさごっこ

 薫と大君のやりとりも焦れったい。再三和歌で行為をほのめかす薫に対し、妹のことを考えてつれない返事を続ける大君。この2人、見たところ相思相愛っぽいのだが、2人の性格や身分からいまいち踏み込めない。そうこうするうちに大君は亡くなってしまう。

 恋愛はタイミング、というけれど、薫がもう少し強引に行っていれば、と思ってしまう。

 

おわりに

 約500頁の本書を読んで、「源氏物語を知っている」と胸を張れるかと言えばそうでもない気がする。読めば読むほど面白い上に、そろそろ原典にもチャレンジしたくなった。