森の雑記

本・映画・音楽の感想

三島由紀夫レター教室

三島由紀夫レター教室

 

はじめに

 最近は小説を読んでいなかった。ここ1ヶ月では森見先生の新作くらいしか読まずにいた。このくらい疎遠になってくるとなんとなく寂しくなるもので、小説を探すことに。久々に読むのだから歯応えのあるやつがいい。けれどしばらくご無沙汰なので重すぎるのはいやだ。わがままな願望をかなえてくれそうだったのが、ちくま文庫 三島由紀夫著「三島由紀夫レター教室」だ。

 三島由紀夫作品でいうと「夏子の冒険」が好きだ。大胆にして奔放な生き様をありありと見せつけられると、自然と元気になれる気がするので。「仮面の告白」「金閣寺」など重厚な作品ももちろん響くが、やっぱりエンタメ要素の強い作品は面白い。今回選んだ「三島由紀夫レター教室」も、どちらかというとライトな感じがする。

 以下、そんな本書について。

 

全体をみて

 本書は氷ママ子、山トビ夫、空ミツ子、炎タケル、丸トラ一、5人の手紙のやりとりを通して手紙のイロハを指南する形式をとる。だからこそ「レター教室」というわけだ。週刊誌に連載されていたこともあってか、ゴシップ的な要素が非常に強く、とりわけママ子さんの恋愛熱がすごい。

 それぞれの手紙「だけ」を通して文通のなんたるかを語るのは、さすが三島由紀夫という他ない。

 以下、話の流れと感想。

 

愛を裏切った男への脅迫状

 ママ子がかつて失恋をした際に相手に送った脅迫状と、それに対するトビ夫のリアクションが描かれる。格別の怒りが込められながらどこか未練を感じさせるママ子の手紙には、キャラクターとは思えないほどのリアリティを感じる。対する返信は辛辣で、これでは相手に見透かされる、とこれまた適切すぎる。この辺りから登場人物にとても愛着がわく。

 トビ夫はママ子に「卑劣」「下賤」「冷徹」「簡潔」であることが脅迫状の条件だという。なるほど、興味深い。その後丸トラ君がママ子に送った「脅迫状」はまさにそれだ。カラーテレビを買ってもらえなかった怒りが頁越しに伝わってくる。このパートで完全に丸トラ君の虜になります。

 

招待を断る手紙

 人は変わって、今度はミツ子の手紙。ママ子から劇場のオープニングに招待されたミツ子だが、友人の結婚式と日程が重なり、断るの手紙を書く。

 僕らが誘いを断る時は、必要以上に理由をつけることが多い。「先約があって」「そっちは変更できず」「どうしても行きたいが」「目処が立たない」みたいに。でもこれって、なんだか嘘っぽくないか?。むしろ丁寧であればあるほど「よほど行きたくないのだろう」という心象を相手に抱かせるかもしれない。 

 ママ子はミツ子の断りに対し「簡潔に」することの大切さを説く。

 

恋敵を中傷する手紙

 ミツ子に惚れたトビ夫が、ミツ子の思い人であるタケルのネガキャンを画策する。ママ子にも手伝いを頼む。これだけ聞くとかわいらしいけれど、タケルとミツ子は20代、トビ夫とママ子は40代である。いやいやおじさんおばさん、もう少しおとなしくしなさいよ…。

 ただママ子はそんな下劣な思いを持つトビ夫を諭す。恋の武器は「若さ」「バカさ」であると。

 

心中を誘う手紙

 怠惰に、呑気に過ごす丸トラ君が何を思い立ったか、ママ子に心中を持ちかける。ちなみに彼は25歳だから、20歳も年上の人に心中を申し込んだことになる。この丸トラ君、徹頭徹尾ほんわかしていてバカなところがいい。心中なんて本当はしたくない、金持ちのママ子に贅沢なご飯を奢ってもらいたいだけだ。当然ママ子は断る。でもどこか嬉しそうだ。

 恋は「若さ」「バカさ」が大事と言ったのは誰だったか。

 

年賀状の中へ不吉な手紙

 タケルと結婚することを決めたミツ子の元に、不思議な、不吉な手紙が。ここまでほのぼのとしていた物語が、一気にミステリー的展開を見せる。犯人はいったい誰か、順当に行けばトビ夫だろうが、本人は違うと言い張る。誤解を正すよう頼むトビ夫に対し、ママ子は冷たく返信。しかし次の手紙で丸トラ君が嘘の白状をする。ママ子女子がけしかけて一芝居打たせたようだ。絶対食べ物につられただろ。

 

裏切られた女の激怒の手紙

 不吉な手紙からしばらく、ついに真犯人が判明。あの差出人はタケルに恋をしていたママ子だった。このあと、物語はなぜかラブコメに。

 トビ夫の裏切りから策略がバレる。なぜ彼が裏切ったかと言えば、「ママ子への愛」に気づいたからだと。長い間友人を続けるうちに愛情が芽生えたそうな。当然ママ子は見向きもしない。

 

悪男悪女仲なおりの手紙

 丸トラ君の仲介によって和解したママ子とトビ夫。45歳の2人が恋仲になり、物語は終わる。

 個人的にはママ子が丸トラ君とくっついて話が終わると予想しながら読んだのだが、そうは行かなかった。結局丸トラ君は、ママ子・トビ夫・ミツ子・タケルがてんやわんやですったもんだするのを見ていただけだ。つまり目線が読者と同じ。彼が見せる怠惰な姿は、寝転びながら本を読む僕らに通ずるものがある。

 

おわりに

 重要視される(受け手にとって価値がある)手紙には4つの種類があると三島は言う。大金、名誉、性欲、感情である。前の3つに関しては文章がいかに稚拙であろうとしっかり受け止める。僕たちはお金や名誉、性をチラつかせるものが好きだから。

 けれど、感情となると話は別だ。怒りに任せた手紙など読む気にならないし、悲しみを綴った手紙は気が滅入る。元来人は他者にそれほど興味がないためである。これをきちんと理解した上で書く手紙こそ、相手が読むに堪えるものになるそう。手紙に限らず、自分のことを話すときには常に意識したい名言だ。ここがきちんとしているからこそ、三島由紀夫の本はいつまでも読み継がれるのだろう。