森の雑記

本・映画・音楽の感想

「罪と罰」を読まない

罪と罰」を読まない

 

はじめに 

 かの名作、ドストエフスキーの「罪と罰」は、タイトルを知っている人に比べて読んだことがある人が少ないことでも有名だ。本書は「君はポラリス」の三浦しをん先生や、翻訳家でエッセイストの岸本佐知子さん、クラフトエヴィング商會でもおなじみの吉田夫妻の4人の「罪と罰」にまつわる対談を収録した本である。「まつわる」と書いたのには理由がある。なんとこの4人、「罪と罰」を未読ながらその内容を推測しながら感想を語るという、クレイジーな座談会を本にしてしまったのである。

 影絵を使ったシンプルな表紙が目を引くこの本を、僕は高校生の頃に読んだ。自分も「罪と罰」を未読だったこと、自分の大好きな作家さんたちが挑戦的試みをしていることを知れば、購入にためらいはなかった。

 が、この本を「罪と罰」を知らずに読むのはとても退屈だった。答えを知っている人が他者の推理を上から目線で楽しめることはあっても、答えを知らない人が知らない人の会話を目で追うのはいささか無理があったようだ。

 それから3年、大学3年になって、中田敦彦Youtube大学であらすじを知ったのち、ようやく日本語訳を読んだ。あっちゃんをして「デスノートに似ていると」言わしめた「罪と罰」の同人誌的本作をもう一度読んでみる。

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全体をみて

 答えを知ってから読むと、作家たちならではの推理がとても面白い。4人は冒頭1ページと終わりの1ページを読んでから推測を始めるのだが、吉田篤弘さんの書くように、まさにたい焼きの頭と尻尾を食べてから胴体の味を想像するような作業である。ただし、中に入っているのはあんことは限らない。たい焼きを食べずに想像をめぐらす彼らに、「いいからこれを食べなさい」とたい焼きを手渡したくなるようなもどかしさを感じる。

 また、途中から作品中の数ページをヒントとして知ることのできるルールが追加されるが、その際のページ指定の方法にだんだんと磨きがかかってくるのも一興。

 以下、本書の4人について。

 

三浦しをん

 本書の推理を独特の発想で引っ張るエース。際どい発言を繰り返すところは見ていて痛快。あんな繊細な物語を書くのに、カギカッコに妙なリアリティーがあるのもわかる。いくつか笑った発言をあげると、

・「どんどん踏み倒せよ」(借金をする主人公ラスコリーニコフに)

・「『ブスは女じゃねえ』ぐらい思ってますよ」(作者ドストエフスキーに)

ものすごい言いようである。そんな三浦先生なのに、ぽっと出した推理は大体当たる。どうして。

 

岸本佐知子

 僕が愛してやまない翻訳家兼エッセイスト。「ネにもつタイプ」読んだほうがいいですよ。本当に面白いから。本書ではときおり間の抜けた発言をして場を和ませつつ、新たな視点を提供する役割。また、全員に配られた冒頭と終わりの数ページを翻訳したのも岸本さん。1ページの翻訳を依頼されてなぜか3ページ訳してくるのも岸本さんぽい。

 三浦先生が作者なら被害者を「どのくらいで殺る?」と聞いたり、ヒントのページを適当な語呂合わせで指定したら、その語呂を思わせるフレーズが入っていたりと、天然というか、とんちんかん(誉め言葉)な発言もあって素敵。

 

吉田篤弘 

 未読座談会の主催者。冷静な視点で会話を進行してくれる。とても穏やかな常識人な様子がにじみ出ている。妻のことを「この人」と呼ぶのもなんだかすごくいい。

 

吉田浩美

 4人の中で唯一「罪と罰」にダイジェスト版の影絵で触れたことのある人物。ぐいぐいと推理を進める3人の傍ら、記憶をもとにヒントを出すなどして活躍。浩美さんの発言は温かみがあって聞いていて穏やかな気持ちになる。肝心の記憶はあいまい。旦那さんのことを「相方」と呼ぶところもある。

 

読後座談会

 推理を楽しんだのち、「罪と罰」を読んでから再び行われる座談会。推理が部分的に当たっていたことを喜ぶ一方、当時の社会状況やドストエフスキーの生涯を背景に、物語を深く解釈していく4人にうならされる。あれだけはしゃいでいても、結局この人たちは何年も文章と向き合ってきたことがよくわかる。新聞連載だった「罪と罰」は読んでみると敷居が低いエンタメ小説である、という見方には納得。

 

おわりに

 三浦先生のあとがきで「読む」はいつ始まるか、という話が書かれていた。本を読むことは1ページ目を開く前から始まっていて、最後のページを閉じた後も続く。読書に対するこうした捉え方はとても魅力的だ。ある本の存在を知ったその日から、頭の中にきっとその本の居場所ができるし、それは読み終えてもなくならない。