森の雑記

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東大のディープな日本史 暗記は解釈に勝てない

東大のディープな日本史 

暗記は解釈に勝てない

 

はじめに

 受験戦争という言葉が使われるようになってから久しい昨今、日本においてその頂点に立つのが東京大学であることに異論を唱える人はあまり多くない。本気で受験勉強に取り組んだことのある人なら、一度はこの大学の入試問題に挑むだろうが、他の大学と比べてその内容は異質だ。私立文系にありがちなクイズのようなマークシート問題は存在せず、徹底的に「考える力」を問う問題ばかりである。

 インプットとアウトプット以上の何かを求められる問題には、多分に知的好奇心がくすぐられる一方、これは自分には届かない領域だ、と思わされることもある東大の入試問題。本書はその魅力を「日本史」分野に関して深く掘り下げる一冊だ。

 

全体をみて

 東大と聞くと全く見当もつかない難問だらけの問題を予想してしまうが、本書がセレクトする問題たちは、中学レベルの歴史知識があれば、正解を導くことはそう難しくないであろう問題が多い。というのも、設問の前には年表や図といった資料がつけられているため、早慶が問うような細かい知識の暗記はあまり重要度が高くなく、与えられた情報と自身の知識から論述をおこなう問題が中心であるからだ。

 かくいう僕も、高校時代世界史選択で日本史のテストでは赤点ギリギリが基本だったけれど、問題からある程度の方向性を考えることができた。こうした誰でも一見解けそうな問題たちを深く考えていくのは、非常に面白い体験だった。

 以下、とくに楽しかった問題を二つ挙げる。

 

①「古代の朝廷はなぜ白村江の戦いに臨んだのか。」

 1992年度の第一問から。7世紀中国の主な出来事を記した年表と、同時期の日本の様子を説明したリード文が与えられ、日本が積極的に百済を支援した理由を国内外の事情を踏まえて論述する問題。

 白村江の戦いは誰しもが知っている。が、その理由を問われると、「日本と百済が友好関係にあったから」くらいの説明しかできない。しかし、資料を解釈していくと、その本質が読み取れる。

 国際事情を資料から読み解くと、隋、唐による領土拡大が日本にも波及しそうな勢いだったこと、百済と日本には文化、経済的な深い関係があったことがわかる。一方内的な面に関して、このころ中大兄の王子が改新の詔を発し、改革を進めていたことは多くの人が知っている。

 これらを踏まえると、対外的には「朝鮮半島における大陸文化、経済摂取の拠点確保」、対内的には「軍事動員による権力集中改革の前進」という目的を読むのはそう難しくない。

 与えられた情報からストーリーを作る作業をするのがこの本の醍醐味だ。

 

②「北条氏はなぜ将軍になれなかったのか?」

  1997年度の第二問から。北条氏にまつわる5つのエピソードが年代順に紹介されたのち、設問Aでは摂家将軍と皇族将軍について、Bでは得宗が将軍になれなかった(ならなかった)理由を問う。

 北条氏というと尼将軍政子やその父時政など、主要な人物をなんとなく覚えている人も多いだろう。また、数は減るかもしれないが、源家が途中で断絶してしまったことを覚えている人もある程度いるはずだ。

 しかし、北条家はなぜ将軍にならなかったのかを小学生、中学生のころ本気で疑問に感じ、解消した人はきっと多くない。少なくとも僕はこのことを疑問にすら思わなかった。なんとなく、鎌倉幕府は源家じゃないと将軍になれない決まりでもあったんだろうな、とやり過ごすのが関の山だった。

 よく考えると、同じ武家であり、幕府で実権を握り続けた北条家が、武士のトップたる将軍の座に収まらなかったのは不思議なことだ。この問題は、あらためてこうした疑問を問い直す。

 与えられたエピソードを順に読んでいくと、何人かの皇族将軍や摂家将軍は北条氏によって追放されたこと、武家は血筋を重んじ、北条氏は格下の血筋だとみなされていたことがわかるようになっている。

 これをきちんと解釈していけば、北条氏がトップになれなかった理由をストーリーに仕立てるのはそう難しい作業ではないだろう。また、設問にかっこがきで(あるいは、なれなかった)とついている理由も推察できる。

 ちなみに、執権は幕府の正式な役職名ではなく、時政が自らを称したことに由来する地位だそう。

 

おわりに

 一人一台インターネットに接続できるデバイスを持ち歩くことが普通になった現代では、単に「知っている」ことの重要度は徐々に下がってきている。一方、より解像度の高い知識や、知識と知識を組み合わせ、つながりの解釈としてのストーリーを仕立てられる能力の必要性は高まるばかりだ。

 本を読んで新しいことを知り、それだけで満足するのではなく、情報の背景、他の情報との間での位置づけにまで思いを巡らせられるようになろうと思う。