森の雑記帳

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百姓貴族 ハガレン作者の農業エッセイ

百姓貴族 

ハガレン作者の農業エッセイ

 

はじめに

 疫病、国際対立、不況、、様々な困難に直面してもなお、人間は「食」から逃れることはできない。なんだか物々しい前置きになったが、コロナ禍の現在でも食べることは万人に共通して必要なことで、長い歴史の中で、ほんのわずかな人をのぞいては人類は常になにかを食べて生きてきた。最近では外出もままならないため、テークアウトや自炊などを通して食が娯楽のひとつになっている人も多いだろう。

 荒川弘先生が書いたこの作品は、笑えて楽しめると同時に、農業を通して「食」の素晴らしさを伝える内容をふんだんに作品詰め込んだ農業エッセイコミックだ。

 高校時代に柔道部の友人から借りて以来、この漫画からは遠ざかっていたけれど、ふと書店で目に入り、懐かしく思ったので購入。全国大会に行った彼の面影も思い出しつつ、再び作品を読む。

 

全体をみて

 全体といっても、この漫画は既刊6巻のコンパクトな漫画で、内容は一話完結だから、全巻を貫くストーリーがあるわけではない。そのため、どの巻からでも気軽に読めて、全ての話が楽しめる。作者の実家「荒川農園」をもとにしたほのぼのとした内容は、同じ作者の作品「銀の匙」よりもコミカルだ。農家の中継ぎを経験した作者ならではの興味深い農業ライフが余すことなく描かれている。

 

すきな場面

①お父さんエピソード

 作者の父に関するエピソードがどれも面白い。どの話も果てしなくぶっ飛んでいて、豪胆な性格がうかがえるのだが、その割にはどうも人間臭いところがとてもチャーミングである。橋が落ちてしまった川に軽トラで突っ込みかけるも、アクセル全開の大ジャンプで事なきを得た事件や、娘の指がちぎれかけた際、病院に行かず民間療法で完全治癒させた話など(いずれも2巻収録)、本当かどうか耳を疑うようなエピソードに事欠かない。読者アンケートでは父の話が最人気なのもうなずける。

 こういう豪快な人間を見ているからこそ、「鋼の錬金術師」の大人たちは気前が良くて気持ちのいい人が多いのかな、とも思う。

 

②食べ物エピソード

 農業漫画だけあって、このエッセイの中心には常に食がある。3巻収録のイモ団子やカボチャぜんざいは、見ているだけでよだれが出てくるほどおいしそうだ。その一方で、自然と向き合う難しさや規格にもれた作物の廃棄など、農業のリアルな部分余すことなくコミカルに伝えてくれる。こういう話を知ると、もっと農業を尊敬したいと感じるとともに、より食事がおいしくなる気がする。お金に余裕があればなるべく国産のモノを食べたい。

 

③大型特殊免許

 すでに幼少から乗り回していたトラクターなどに、公道で乗れる免許、通称「大特」をあらためて取りに行くエピソード。「農家の常識は社会の非常識」ではないけれど、フォークリフトや原付を免許取得前に乗り回すのは、よくあることだそう。なんというか、こういう悪びれもせず、必要と興味をつきつめた結果、実はグレーゾーンに突入してました系の話ってわくわくしませんか。

 

おわりに

 人口肉の培養や企業によるIT農業が当たり前になる最近、こういうステレオタイプの農家は減っていくのかもしれない。手元に届く食物はいつも変わらず均質だけれど、農業の最前線は大地から研究室に変わっている。それでも、食を楽しむ時には作ってくれた人をなんとなく思い浮かべるのは日本人のいいところだと思う。食べることの価値が見直されつつある今日、こんな作品を読めたのは幸せなことだ。