森の雑記

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自民党 価値とリスクのマトリクス

自民党 価値とリスクのマトリクス

 

はじめに

 中田敦彦YouTube大学で紹介されているのを見てから気になっていた、中島岳志著「自民党 価値とリスクのマトリクス」(スタンダードブックス)を読んだ。

 

全体をみて

 安倍前首相の辞任後、菅政権が発足してから読むとまた面白い。

 本書は自民党の有力政治家を、発言や著書を元に二つの分類「リスクを社会化するか個人化するか」「価値観がパターナル(保守的)かリベラルか」をもって、マトリクス図に位置付ける。そしてそれぞれの象限を、パターナル×社会化ならⅠ型、リベラル×社会化ならⅡ型、リベラル×個人化ならⅢ型、パターナル×個人化ならⅣ型、と名付ける。

 ただし本書は著者の政治的指向がそれなりに入っている(おそらくリベラル系?)ので、微妙に角度のついた書き方も散見されることに注意されたい。政治家の分類に関してはそれなりに中立を保っているが、その評価に関してはリベラルな政治家を高く見積もりがちな気もする。

 以下、本書で紹介された9人の自民党議員について。

 

安倍晋三 Ⅳ型

 やはり安倍前首相の在任中に出版された本なので、もちろん最初は彼の記述から始まる。安倍さんは当然というべきか、価値においてはパターナル的なものを持っていると著者は分析。負の歴史(WWⅡにおける日本軍の行動)などは幼少期から教えるのではなく、大人になって思慮がついてから教えれば良い、という考えを持っていたり、いわゆる「押しつけ憲法観」を持っていたり、安倍さんがパターナルな価値観を持っているのは間違いないだろう。一方リスクに関しては「リスクの個人化」つまり自助を中心とした社会福祉政策をメインに据えている、と分析。ただし安倍さんはこちらのリスク軸に大きな関心を示す政治家ではなく、あくまで価値軸に重きを置く政治家である、と著者は言う。経済政策「アベノミクス」が出てきたのも第二次政権以降であることが理由の一つとして挙げられる。

 

石破茂 Ⅲ型

 先日の総裁選では大きく票を落とし、石破派の会長を(引責?)辞任した石破さん。安倍さんの対抗馬として存在感を示してきただけに、やはり価値はリベラル寄り。一方リスクに関してはTPPを成立させて農家の競争力を高めようとしていることからもわかる通り、個人化の傾向を持っているようだ。

 石破さんには一度某社のインターンでお会いしてお話を聞く機会があったのだが、確かにこの型であっていると思う。

 

菅義偉 Ⅳ型

 現首相。携帯料金引き下げやふるさと納税など、大衆が喜ぶ政策を打ち出すのを得意とする政治家。著者はポピュリズム的だと言うが、ちょっと意味がずれるような気も。でも確かに、読売新聞の「人生案内」を読むことが日課だという菅さんは、一般人の空気感を察するのが上手い部分もあると思う。「自助・共助・公助」の言葉からもわかる通り、リスクは個人化する傾向に。価値に関しては、安倍さんの国家観を前面に押し出す姿勢に共鳴した、とも語っている通り、パターナル寄りか。ただし安倍さんほど価値軸にこだわるタイプではなく、あくまで相対的なパターナル、選挙で勝つためのプラグマティックな価値軸を持っているのだろうと思われる。

 

野田聖子 Ⅱ型

 自らを「小姑」と言ってのける姿勢からもわかるように、現在の自民党の中心議員が持つパターナルな価値観とは距離を置く、「リベラル」寄りの政治家。個人的には著書も多くて発信力のある、非常に魅力的な政治家だと思う。また、男社会の国会にあって、女性であること、不妊治療を受けていたことを踏まえ、女性の地位や医療費などの分野に関しては積極的な介入姿勢を見せており、リスク軸においては社会化の傾向を持っているようだ。

 一方著者は弱点についても触れている。リスク面に関しては、当時の安倍政権が持つ個人化傾向とは逆の社会化思考を持つことで、代替を提案できている。しかし価値軸になると、憲法や安全保障に関しては「明らかに勉強不足」。安倍政権がこだわる右派的政策にはオルタナティブを持ち合わせていない、と指摘される。

 価値軸に拘らない菅さんが首相になったことで、存在感を再び示せるか。

 

河野太郎 Ⅲ型

 かなり有名な政治家。現在は行政改革担当大臣として歯に衣着せぬ(ように見える)物言いで、はんこ文化廃止等、革新的な思考を見せる。著者曰く政治家であった「父への反骨心」が根底にある政治家らしい。

 価値はリベラル、リスクは個人化。

 

岸田文雄 0型

 なかなか踏み込んだ発言をしない、著書も少ない(先日「岸田ビジョン」を出したが、本書が出版された時点ではまだ日の目をみていなかった)。よって非常に指向がわかりにくい政治家。まさかの0(原点)に位置付けられた。著者は価値の軸をきちんと持たない政治家を評価しない傾向にある。

 

加藤勝信 Ⅰ〜Ⅱ型

 現官房長官。スポークスマンとして発信力を高めている。政治家加藤六月の娘と結婚し、婿入りした人物であり、東大経済学部卒、大蔵省に入省した過去を持つスーパーエリートでもある。

 厚生労働大臣時代の発言などから、「子どもの貧困」等に積極的な関心を見せることが読み取れるので、リスクに関しては「社会化」を目指す政治家でありそう。価値に関しては発信がほとんどないので分からず。

 

小渕優子 Ⅱ型

 言わずとしれた竹下派の次期総裁候補。政治資金規正法違反を数年前、経済産業大臣在任中に問われて以来、表舞台からは遠ざかっていたが、最近復調の兆しも。出産、子育てと並行しながら議員活動を行ったことからか、子育て世代の負担に強い関心を持ち、リスクは社会化する指向を持っている。また、価値に関しては「夫婦別姓」に積極的であり、リベラル寄りか。(ちなみに小渕さんは結婚の際、パートナーの方が氏を変えることで「小渕ブランド」を守った、と著者はいう)。

 

小泉進次郎 Ⅲ〜Ⅳ型

 自民党のプリンス。中学高校は体育会野球部に所属、大学卒業後には単身で留学した経験を持つ彼は、著者曰く「マッチョ」。自らの努力や忍耐で道を切り開いてきた自負があるので、自助を優先、したがってリスクは個人化する傾向を持っているようだ。価値に関しては父と同じく強い関心を持っていないか、あるいはまだ発信していないだけか。

 

おわりに

 ここで書いたのは僕個人の見解でなく、あくまで著者の記述を読み取ったものなので、齟齬があったら申し訳ない。

 全体を読んだ感じでは、やはり自民党保守政党であるからか、リベラル的な価値を持つ人も「興味がない」「そこまでパターナルじゃない」というくらいで、極端な左派的思考を持つ政治家はいなそう。当たり前か。

 著者の若干バイアスがかった評価はともかく、分析に関しては素晴らしいと思うし、非常に読みやすく楽しい本だった。