森の雑記

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財務官僚の出世と人事

財務官僚の出世と人事

 

はじめに

 「財務省にあらずんば」「東大法学部にあらずんば」こんな言葉がまことしやかにささやかれる、官僚の世界。言葉の真偽はさておき、中央省庁では日本きってのエリートたちが日々切磋琢磨していることに間違いはないだろう。中でも財務省は「金」を握る性質上、一段と格式の高い場所に見える。

 選りすぐりの人々が事務次官ポストを目指して仕事を行う「財務省」とはいったいどんな場所なのだろう。そこで働く官僚は何を思うのだろう。岸宣仁著「財務官僚の出世と人事」(文春新書)はそんな彼らの実態に鋭く迫る。

 

全体をみて

 新書ということでやや固めの内容を想像したが、意外とそうでもない。ゴシップ的なネタも多く、半沢直樹顔負けの出世レースの描写は、けっこう読まされるところが多い。文春新書自体がこういうレーベルなのかもしれないが。

また、著者が元読売新聞の経済部記者というだけあって、情報は細かいし具体的だ。夜討ちをかけて取材した時の様子など、真に迫るものがある。

 以下、各章について

 

第一章 十年に一人の大物次官・斎藤次郎

 2009年に日本郵政の社長に就任(現在は退任)したのは、かつて財務省の次官を務めた斎藤次郎だった。表舞台を去ったかのように思っていた彼が再び脚光を浴びたのは、著者からすれば衝撃だったよう。

 そんな斎藤次郎に関する出来事で覚えめでたいのは、日本新党の細川が首班となった連立政権時に掲げられた「国民福祉税」構想。「腰だめ」発言等、物議を醸したこの案は結局水泡に帰したことは周知のところだ。そして背後には、次官斎藤の「剛腕」ともとれるやり方があったそう。

 財務官僚、そのトップの事務次官がいかに仕事を行うかの一端を見ることができる章。有り体に言えばすごく大変そう。

 

第二章 花の四十一年組

 学校でも会社でも「プラチナ世代」とか「伝説の代」とか言われる、輝かしい人々が集まる世代がある。財務省とて例外ではないようで、時々優秀に輪をかけたようなとびきりの人材が集まる年次がある。

「四十一年組」は昭和41年に大蔵省の門をくぐった世代のことを指し、22人のうち司法試験にも合格したのが8人、日銀にも内定をもらったのが3人もいるえげつない代である。その中でも長野庬士は公務員試験が1位、司法試験が2位の成績だったというから驚きだ。

 ここまでのエリートぶりを見ると、もはや言葉が出ない。国家公務員試験と司法試験両方受かるだけでもすごいのに、1位と2位とるとかいったいどういう頭をしているのだろうか。そりゃエリート意識くらい生まれますわ。

 

第三章 大蔵一家のドン・山口組

 山口組とは言っても物騒な方ではなく、山口光秀元事務次官の束ねたチームを指す呼び名。清濁合わせのむスタイルで仕事をする大物次官が関わるこの章は、本書の中で一番面白い。ゴシップ的ネタも多く、僕らの知らない慣行やルールがこれでもかと詰め込まれていた。

 まず面白かったのが「対等役職ルール」。役人の世界で交渉ごとは、同省庁、異省庁問わず、課長どうし、局長同士など、同レベルのポスト間で行われるそう。しかし大蔵省主計局だけは、他省庁の1ランク上の者と対等な交渉ができるそう。

 それから「ワル」。当時大蔵省には宮沢喜一元首相が「ディスインテリ」と名付けた行動様式が定着していて、高潔なスーパーエリートより、多少の汚れをものともしない豪快な官僚が見込まれていたようだ。仕事をこなすだけなら選び抜かれたエリート間でそこまで差が出ないから、遊びを持つ余裕のある方が好まれるのもうなずける。山口光秀は「山口ワル秀」と呼ばれ、吉野良彦元次官に至っては「ワル野ワル彦」と呼ばれていたらしい。

 また省庁ー族議員ー大蔵省、三者間の予算交渉に関する描写なども面白かった。

 

第四章 大蔵vs.日銀

 大蔵省と日本銀行の関係を書いた章。

 日銀の総裁人事は経済部記者にとって至極重要な取材だそうで、「次の総裁人事で抜かれたら経済部にはいられないと思え」なんてことを言われたそう。こっわ。

 それから三重野康総裁ー橋本龍太郎蔵相時代の「公定歩合引き上げ」スクープの話も面白かった。「オレがつむじを曲げると、なかなか元には戻らねえぞ」と言った橋本に対し、「大臣もつむじが四つくらいあるからなあ」という声が飛ぶところは必見。

 

第五章 非主流派の国際派とミスター円 

 今は当たり前にグローバルの時代だが、当時は国際間の金融というものがそこまで重視されておらず、大蔵省の中でも国際金融を扱う「国際派」は非主流派だったそう。

 

第六章 入省成績と出世の相関関係

 これもゴシップ的だけど気になりますよね。「一位で入った人は次官になれない」とか、「四冠王の角谷」とかエピソードには事欠かない。著者曰く、「役人は人事が全て」。経験するポストや次官の椅子取りゲームに熱中する彼らは、とてつもない競争社会に生きている。そういう意味ではなんだか不憫でもある。

 次官の座を射止めるにはノンキャリアにも慕われる必要がある、という部分にも感銘を受けた。自分も職種や職業に関係なく、誰にでも正面から対応できるようになりたいなと。

 

おわりに

 新書でありながら小説を読むようなスリリングさ、ためになる知識がふんだんに練り込まれた良い本だった。官僚になりたいと思うほど頭の出来が良くなくて助かったな、とも。