森の雑記

本・映画・音楽の感想

日本人のひるめし

日本人のひるめし

 

はじめに

 「1日3食」は誰にとっても自明な食事習慣である。これには反論もあるだろう。「朝食は食べられないんですよね、」だがこれも、あくまで3食を基準にした上で「1食少ない」意識から来ている意見だ。やはり現代の僕らは食に関して、「1日3食」を念頭においていることがわかる。

 だがこれは「今」の常識に過ぎない。朝夕だけの食事を基本としていた時代や地域を探せば、枚挙にいとまがない。

 回数だけではない。食事の態様だって移ろう。これまでサラリーマンの昼食は外食、もしくはお弁当がスタンダードだったけれど、テレワークが推進される昨今では様子が変わってきた。

 ところ変われば、時代変われば、食事のスタイルは変わる。ではこれまで、日本人はいかにして「お昼」と付き合ってきたのだろうか。中公新書「日本人のひるめし」酒井伸雄著は、それを教えてくれる1冊だ。

 

全体をみて

 著者が食事に並ならぬ愛と情熱を持っていることがよく伝わってくる。数多の文献を通して考証される「ひるめし」のあり方は、本当に様々なのだなと思わされた。

 また話題が頻繁に移ろうので、読んでいて飽きがこない。こう書くと散逸でチグハグな記述を想像されるかもしれないけれど、あくまで章ごと大きなテーマに沿った上、トピックが入れ替わるので、心配ご無用。

 以下、各章面白かったところについて。

 

第1章 「ひるめし」の誕生

 食の常識は各地各時で全然ちがうよね、と言うお話。中世において、1日に3食を食べるのは異常、もはや悪行だと捉えられていた事もあるそう。

 

第2章 弁当の移り変わり

 常知らぬ道の長手をくれくれといかにか行かむ糧米はなしに

 これは山上憶良の歌。糧米はいわゆる乾飯のこと。当時の旅行では乾かしたお米を食糧として携帯することが多かったが、そんな乾飯を持たずに出かけた心細さを読んだのがこの歌である。水やお湯でふやかして食べていたそう。古代のパパッとライスである。(最近聞かないけどこれって死語なんですかね。)

 それから比較的近い時代のヨーロッパでは旅行すると、泊まったホテルにお弁当を依頼する事も多かったそう。中身はパン、チーズ、紙パックの飲み物、時にはドライソーセージ、なんてものだった。こちらは簡素ながら美味しそうである。景色の良いところでゆっくりと食べたい。

 最後に忘れてはいけない「幕の内弁当」。遡ること江戸時代、芝居の合間に食べるよう売られた弁当が始まり。なるほどそれで「幕の内」と言うわけ。「売る」タイプの弁当はこれが初めてだったようだ。

 

第3章 給食と食生活への影響

 戦後学校給食が始まった際のメニューは、教科書で知る人も多いだろう。パン、脱脂粉乳を白黒写真でみた人もいるのではないか。

 元々米を主食とした日本人だったが、戦後の食糧事情も相まって、一時的に小麦、つまりパンが主食のような扱いを受けた時があった。これは異例のことだそう。というのも小麦は基本的においしくないからだ。小麦は米のように水と熱さえあればそこそこおいしくなるような代物ではないので、パンにしたり麺にしたりと、いちいち加工が必要だ。だから米と小麦が両方収穫される地域では、世界中どこをみても、経済的ゆとりがあれば米が主食になっていく。

 日本の戦後に小麦が米を「逆転」したのは、確かに珍しいパターンなのかもしれない。

 

第4章 外食の発達

 江戸時代の食事と言えば、天ぷら、そば、寿司などの屋台飯である。こちらも教科書や博物館でよく見る。先日江戸東京博物館に行った時、普段ならおいてあるはずの「手に取れる実物大寿司模型」が、コロナ対策でなくなっていたのには深い悲しみを覚えた。

 さておき、この寿司や天ぷらは当時「庶民の料理」であったから、貴族や武士は当然食べなかったそう。屋台形式でなく店形式、中で座って配膳される料理を楽しむ方式を採用する店舗ができてからは、高級路線も浸透していったようだ。とは言え、やっぱり庶民の食べ物であることに変わりはない。

 そんな背景もあってか、よく聞く話だが、現代の高級懐石料亭ではあまり天ぷらを見かけることはない。庶民の食べ物だからね。逆に寿司はものすごく高級路線でハードルのお高いお店も多いような気がするが、ルーツを考えれば百円回転寿司の方が正統なのでは、と思う。

 

第5章 「ひるめし」と麺類

 今や国民食となったラーメン、そば、うどん。これらのルーツを探る。

 

第6章 国民食のカレーライス

 国民食と言えば、こちらも忘れてはなるまい。みんな大好きカレーライスである。

「日本のカレーは本場インドと全然ちがう!」みたいな使い古しの蘊蓄はともかく、スパイスを調合するのではなく、ルーやカレー粉を用いる日本のカレーはお世辞抜きにうまい。ルーツは英国だそう。インド→英国→日本のルートを知れば、植民地的な背景こみでなんだか納得できる。

 いつでもどこでも食べられる上に、調理が簡単であるため、昭和のサラリーマンがお昼にカレーを食べて帰ると、自宅の夕飯もカレーだった、なんてことがよくあったそう。メールくらいすればいいのに、と思ったけれど当時じゃできないか。

 

おわりに

 ライトで面白いことを並べたので、薄い1冊だな、と思われたかも知れないが、そんなことはない。「学校給食の普及により、家庭で子供用の「お弁当」を作る手間が省かれ、ついでに働く者のお弁当も作らなくなったことから、サラリーマンの外昼食スタイルができた(要約)」と言うのは非常に鋭い考察だと思う。何よりこの著者、とんでもない量の文献に当たっている。そんな彼が膨大な知識をもとに、頭が大きくなりすぎないように書いたのが本書なのだ。

 明日の昼食はカレーにしよう。