森の雑記

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脳は、なぜあなたをだますのか

脳は、なぜあなたをだますのか

 

はじめに

 僕らは絶えず意思決定をして生きている。夕飯のメニューとか、デートの服装とか、今日読む本とか。生きることは主体的な選択の連続である。

 と思うだろう。

 妹尾武治著「脳はなぜ、あなたをだますのか」(ちくま新書)は、そんな常識を簡単に打ち砕く。人に「意思」なるものは存在しない可能性が高いことが、近年の研究で示されてきている。ではどうして我々はそのような錯覚を持っているのか。このような問いに答えられる可能性がある「知覚心理学」研究者の著書を読んだ。

 

全体をみて

 毎回書いているような気もするけれど、非常に読みやすい本だった。専門的な知識を喩えを用いつつ平易に解説してくれる上、砕けた話も多くてわかりやすい。「クオリア」など、お馴染みのようでいていまいち理解に欠けていた用語もきちんとカバーしてくれる1冊。心理学への理解を深めるために読んで損はない。

 以下、各章面白かったところについて。

 

第1章 脳の中の工場見学

 ベクションとは、「視覚効果によって移動していないのに移動しているかのように感じること(個人的な解釈)」である。電車に乗っていて隣の車両が動くのを見ると、逆方向にこちらの車両も動いているような気がするあれのことだ。著者はこの分野を専門に研究していて、この辺りの話には(当たり前だが)リアリティがある。

 中でも「重み付け」の話が面白い。特定の状況下で、人はある感覚器官の「価値」を下げる。例えば騒音が酷いところでは聴覚情報が役に立たないので、一時的に「音」殻得られる情報の重みを下げるのだ。これは視覚においても成立することで、視覚が鋭敏になる状況、例えば耳を塞がれたりする場合には、反対に資格の重みが上がり、先ほど書いた「ベクション」がより早く強く起こるそう。

 確かにこの重み付け、日常生活でもよく感じる。人に大声で怒られるとき、あまり耳って働いていない感じがするもの。

 それからクオリア。こちらも僕が大雑把に説明すると「個有の主観的感覚」といったところか。あるものを「赤い」と思っても、その赤さは他者が感じる「赤」とは完全には一致しない。色やもの、概念に対するイメージは結局のところ主観に委ねられるから、客観的な測定はむずかしい。「ベクション」もクオリア的なものの1つだ。

 だから著者のいうように「幸せ」と一言にいっても各個に固有の、言語化しきれない定義があるから、「幸せとはなんぞや」という議論には意味がないのかも。

 

第2章 本当に自分の意思で行動しているのか

 答えはNOである。ではなぜ僕らは「意思を持って」行動しているように感じているのか。著者が紹介する前野隆司教授は面白い仮説を立てる。

 人には「エピソード記憶」なる記憶がある。これは以前「奇跡の論文図鑑」の感想でも紹介した、「自らを主体とした記憶」のことだ。この記憶は単純な記憶よりも覚えやすい。「平将門の乱はいつ起きた?」と聞かれて答えられる人は少ないだろうが、「平将門の乱を(私が)授業で習った」という記憶は持っておられる方が多いのではないだろうか。エピソード記憶とはこうした性質を持つ。そしてこの記憶は、過去自らに起きた危険や成功を覚えておくのに有用である。

 ただ、エピソード記憶は「自らが主体的に経験した」ことを覚える記憶である。したがって「自らの意思で行動する」ことが前提にある。本来は「意思」なるものはないが、これを我々の脳が僕らに錯覚させることで、覚えやすい「エピソード記憶」を作り出すことができるのだ。

 このような説、あっているかは別にしても非常に説得力がある。

 

 また、この章で「意思などない」ことを説明するのに用いられた選挙の実験も面白い。被験者にある2人の顔写真を見せ、「どちらが選挙に勝ちそうか」と質問する。この2人は被験者が知らないだけで、実際に過去の選挙に出馬した2人である。するとなんと、被験者は70%の確率で実際の勝者を「勝ちそう」と予想するらしい。政策とか人柄とか、多くのことを考慮していそうな選挙でさえ、7割は顔で決まっている可能性があるのだ。

 

第3章 人間は合理的にふるまう動物なのか

 ダニエル・カーネマンは心理学者で唯一ノーベル賞を受賞した人物である。分野は経済学。なぜかといえば、ご存知の方も多いだろうが、彼こそ「行動経済学」の生みの親だからである。彼以前の経済学は「人は期待値を元に必ず合理的な選択をする」という暗黙の了解があったが、実際人はそんなに合理的ではない。勝算が立たないかけに出てみたり、自らが損をしてでも相手を傷つけたり、人は結局そういう生き物だ。

 当たり前だが検証されていなかったことを、科学的に検証した彼は本当に偉大なのである。

 

第4章 だまされないために、心のからくりを知る

 「H25年度の喫煙率は15%より高い?」と聞かれたら、皆さんはどう答えるだろうか。そして答えは「32.2%」である。この数値をみて「意外に多いな」と思った方が大半であろう。実はこれ、だまされてます。

 「アンカリング効果」とは、提示された条件を無意識に「普通」だと思い込むことだ。先ほどの例で言えば、質問によって喫煙率の「普通」を無意識に15%ほどで設定してしまっている。これは海外の露店などでしばしば用いられるやり口で、「うまくディスカウントしてやった」と思っても、最初に提示されたお土産Tシャツの金額がべらぼうに高かった可能性がある。ちなみに僕はシンガポールでまんまとこれにやられた。

 だまされるのが嫌なら、だます側になるのはいかがだろうか。例えば仕事の納期をあらかじめ極端に遅く設定したり、結婚相手に求める年収を上げてみたり。ばれたら嫌われそう。

 

おわりに 

 著者の名前「妹尾」という文字を僕は「いもお」だと思っていた。そこからイメージするに大人しそうな人なのだろうと。しかしこれは「せのお」と読むらしい。その上彼は思ったよりもワイルドな見た目だ。なんだか小学生の頃「小野妹子」を女性だと思っていたことを思い出した。実際はひ弱そうなおじさんだった。

 両者ともに選挙には勝てなさそうな見た目である。