森の雑記

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奇跡の論文図鑑

奇跡の論文図鑑

 

はじめに

 大学生生活では数多くの論文を読んだように思う。それで、ものすごく当たり前のことをいうことになるけれど、やっぱり論文はすごい。何がすごいかと言えば、一つにはほとんどの論文は無料で読めることがあげられる。Ciniiで論文を検索して、それが大学のリポジトリに所属するものだったりすれば、基本的にはネット上に公開されている。そうでなくとも多くの優れた論文は雑誌に掲載されているから、図書館で当該の号を見れば読むことができる。そして内容。こちらも至極当然だけれど、論文を読めば、学問を専門に行う方々の最先端の研究について知ることができる。新書以上に詳しく、画期的なものばかりだ。

 これは驚くべきことである。普通は書籍へ1000円以上払ってようやく得られる情報に、基本無料、かつ非常に簡単な手段で触れることができるのだ。このことを知っただけでも大学に行った価値があるような気がする。

 一方で論文には(素人目での)欠点もある。それは「読みにくい」ことだ。新書は読者を想定して書かれたものだから、基本的には「読みやすく」書かれる。もちろん例外も多いけれど。対して論文が想定するのは、ある程度当該分野に知見のある読み手である。したがって予備知識がないと難しい。僕は大学で法律を多少勉強したので法律分野の論文はそこまで抵抗感なく読めるが、専門外、例えば理系分野となると全くお手上げである。

 NHK出版が出した「奇跡の論文図鑑」(NHKろんぶ〜ん」制作班編著)は、そんな難しい論文を題材にした番組「ろんぶ〜ん」を書籍化したものだ。とてもキャッチーな研究、論文が元になっているので、読んでいて非常に面白かった。

 

全体をみて

 テレビ番組が元になった本だけあって非常に面白く読みやすい。おそらく放送されたうちでもよりライトな題材を選んでいるのだろう。ものの90分くらいで読み終えられた。またあとがきは、番組MCのロンブー淳が務めており、こちらも読みがいがある。コンビ名といい淳さんの姿勢といい、番組にハマりすぎではないか。

 以下、気になった論文について。

 

猫に思い出はあるのか?

 心理学の世界で思い出は「エピソード記憶」と呼ばれ、2つの重要な性質を持つ。1つ目は「何が・いつ・どこで」起こったかを保持する性質で、この記憶は「WWW記憶」と呼ばれるらしい。もう1つは、当時覚えるつもりがなかった出来事「偶発的記憶」でも、後に意識的に取り出せる性質だ。

 このエピソード記憶、人間に特有のものだと考える研究者がいる一方で、近年「ヒト以外もエピソード記憶を持つ」ことを示す研究も増えているそう。この論文の著者、高木佐保さんは、ネコに対しエピソード記憶の実験を行った。

 結果は本書を読んでもらうとして、面白かったのは実験の下準備。まずネコ。そんなにたくさん飼っていないので、近くの猫カフェオーナーらと関係を築いて計300匹もの協力猫を集めた。さらに猫はいわゆる「しつけ」が難しく、実験に用いるのが難しいので、根気強く実験を行ったそう。2時間実験を行なって1匹分しかデータが取れない、なんてこともざらにあったようだ。

 なんたる猫愛。

 

日本型アイドルはどのように生まれたのか?

 伝説の雑誌「明星」とアイドルの関係性について考察した論文。中森明菜のような「影のある」アイドルが浸透した理由を考える。

 僕は一時期欅坂46を推していたのだが、それは平手友梨奈の圧倒的存在感に惹かれたのがきっかけだった。超かっこいいけれど素顔が見えない。時々ブルーかと思えばいきなりはしゃぐ。画面越しでしか活動は見れないが、不思議な人もいるものだなと、とても惹かれる存在だった。 

 今や彼女は脱退して、グループは「櫻坂」に改名、新スタートをまさに切らんとしているが、次はどんな姿になるのだろうか。

 

漫画『カイジ』で「運」との向き合い方を考える

 臨床心理学者の土井孝典さんが「カイジ」を題材に人と「運」の付き合い方を考察した論文。

 人間が運と向き合うのには以下の4つのパターンがあると分析する土井さん。

A型 自運未分化ポジ  運と自らの行動には関係があり、いいことをすればいいことが返ってくる、と考えるタイプ。

B型 自運未分化ネガ 上記同様関連を認めるが、それをネガティブ(悪い行いには悪い出来事がつきまとう)と捉えるタイプ。

C型 自運分化ネガ 運と自らの行動を関連づけない、かつ運にネガティブなタイプ。(いいこともあれば悪いこともある)。

D型自運分化ポジ 運は運として割り切り、成功のために努力するタイプ。

 土井さんの見立てでカイジはCからDへと成長する物語であるそう。

 さておきこのD型、なんだかカルヴァンの予定説的ではないですか?結果は時の運、つまり人知が及ばないけれど、とにかく努力する姿勢はまさにプロテスタント予定説っぽい。トランプ大統領とか。

 

遺伝子組み換えゼブラフィッシュの実験で、人間の食欲に迫る

 「食欲は本能によるものか」この壮大な問いを立て、研究を進めるのが川上浩一さん。その被検体として安くて買いやすく、(研究にも)ポピュラーな魚であるゼブラフィッシュを登用。

 この実験自体が非常に面白いのは当然なのだが、実験のための下準備が驚異的だった。なんと川上さん、実験のために「脳や神経細胞が働くと発光する」ゼブラフィッシュを作ったそう。そんなことできるの。この時点ですでに天才的というかなんというか。人に応用されたらすごそう。

 

 

おわりに

 このほかにも「幽霊」に関する研究では地道なフィールドワークが紹介されたり、高校生の世代を超えた6年越しの論文が紹介されたりと、結果同様「過程」を知るのも面白い。僕たちはたくさんの研究の「結果」だけを享受して文明に生きているけれど、その足元には夥しいほどの努力があることを思い知った。