森の雑記

本・映画・音楽の感想

ごはんぐるり

ごはんぐるり

 

はじめに

 料理は嫌いじゃない。特別おいしいものを作れるわけでもないし、ことさらにワクワクすることもないけれど、料理がめんどくさいと思ったことは一度もない。一人暮らしを始めて以来、当たり前のように自炊を続けていると、いつの間にか料理は食事前の儀式のようなものになった。食べる前に「作る」行為をすること自体がなんとなく心地いいのだ。

 最近はほぼ毎日毎食同じものを食べている。昼と夜で同じものを食べるのだから、当然まとめて昼に作って2食に分ける方が効率がいい。けれど、やっぱり食べる前には「料理」の工程がないとしっくりこないから、わざわざ毎回手間をかける。

 世界にはきっと「おいしいものを鮮やかに作る」ことが好きな人と、「物を食べられる状態にする」ことが好きな人がいて、ぼくは後者に属するのだと思う。

 今回は後者的な、華美でない日常的な食を題材にしたエッセイ集、西加奈子「ごはんぐるり」NHK出版 について。

 

全体をみて

 読めば読むほどお腹が空いてくる一冊だった。深夜に読むのはやめた方がいい。関西弁の口語で書かれた内容からは、彼女が食に注ぐ素朴な愛情がひしひしと伝わってくる。本の最後はエッセイでなく短編小説で閉められており、これまた味わい深い。

 以下、好きな部分について。

 

活字のごはん

 本の中に登場する食べ物は現実のものよりずっと美味しそうである、そんな西さんのコメントには首を大きく縦に振りたい。「黄色のバタア」などと書かれると、「バター」以上に濃厚な何かを想う。「簡易食堂のひきわりとうもろこし」もはやどんな食べ物かわからないが、コーンの素朴な味わいが脳内に広がる。

 活字で表された食べ物は、その雰囲気をある意味で誇張される。だから、実際に食べてみると想像と違うことがよくある。子供の頃祖父母の家で読んだ「グリム童話」に度々出てきたオートミールやぶどう酒は、もっと甘くて柔らかなはずだったのに、実際には味がしないし酸っぱい。活字のご飯を実際のご飯が超えることは難しい。

 

旅の悪食

 旅行に行くとき、車で移動中についついお菓子やアメリカンドッグを食べてしまうと言う筆者。友人には旅先においしい食べ物があるのに、このような粗雑な食べ物で腹を満たすことを度々注意されるそう。

 これについても同意しかできない。僕も旅行に行くときの朝は必ずと言っていいほど朝マックのマフィンを食べる。皆さんご存知のように、朝マックはとてもおいしい。けれど、これを毎朝食べたいかと聞かれるとそうでもない。むしろちょっといやだ。このようなジャンクよりのごはんは、旅前のテンションで食べるからこそ、という部分が大きい。それはまるで海の家で食べる焼きそばやかき氷のように。食にはTPOだって大事だ。

 

得意料理の正解

 異性に語る得意料理の正解ってなんだろう、と考える西さん。肉じゃがは狙いすぎ。唐揚げは「男子が好きなもの」イメージに寄り添いすぎ。手間がかかりすぎるものは引かれる。トムヤムくんとかは尖りすぎ、好きな男性のタイプを「新井浩文」というようなものだ。(今の状況では彼の名前すらも出せない。)そしてたどり着いたのが「春巻き」これなら嫌いな人もいないだろう、好きな男性のタイプを「香川真司」というようなものだ。

 この唐突な「香川真司」に笑った。確かに彼は好きなタイプとしては絶妙ですよね。ライン間の反転とか玄人受けするプレーもしながら、派手なゴールを決めたりもするし。

 でも僕は春巻きが嫌いである。筍やきのこが入っているし、パリパリの内側にグニャっとした食感があるのもいやだ。

 

檀流クッキング

 料理家として名を轟かす檀一雄さんは、レクチャー時の軽妙な語り口でも有名だ。「つけ汁もあとで一緒にモチ米の中に入れるから、そのつもりになっていてほしい」「パンを両面ともこげ目がつくくらいによく焼いて、あげくの果てに、チーズを重ねて、むし焼きにしてみよう」

 なんとも素敵なコメントではないか。

 

出汁のない味噌汁

 西さんが初めて作った料理は朝食の味噌汁だったそう。両親は手放しに褒めてくれたが、出汁をとっていない味噌汁は母が作ったものとどこか違ったことをよく覚えている、と語る。

 自分が初めて作った料理のこと、皆さんは覚えていますか?

 僕はフレンチトーストを作ったことをよく覚えている。卵、牛乳、佐藤を混ぜた液に切った食パンを浸してから焼くだけの簡単な料理だったけれど、食べた時の感動は今も覚えている。蜂蜜と砂糖をこれでもかとかけて食べた甘すぎるフレンチトースト、また作ってみようかな、という気になった。

 

おわりに

 最後のエッセイ「奴」もすごく読みやすかった。コース料理終わりのシンプルなデザートって感じ。気取らないレストランのような一冊を読んでいると、すごくお腹が空いてくる。

 本の中に、以前の借人の貸し出しカードが入っていた。そこには「ごはんぐるり」の他に「西の魔女が死んだ」が印字されていた。どうか、どうかごはんぐるりより先に「西の魔女」の食事シーンを読んでいますように。