森の雑記

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『古事記』神話の謎を解く かくされた裏面

古事記』神話の謎を解く

 かくされた裏面

 

はじめに

 この間書いたように、僕は日本の神話が大好きである

highcolorman.hatenablog.jp 

 古事記はそもそもストーリーが面白い上に、その成立背景に多くの・複雑な事情を抱えているところが良い。「みんなが知っているアレの隠された真実」みたいな部分って、熱いじゃないですか。都市伝説的というか。古事記はそれを作り話ではなく地で持っていて、それを多くの人が研究対象にしているのが最高なのだ。

 今回は西條勉著、中公新書「『古事記』神話の謎を解く かくされた裏側」について。

 

全体をみて

 古事記には表のストーリーと裏のストーリーがある。筆者は本書を通して徹底的にこれを述べる。どちらが正しい、とかではない。二つのストーリーが二重に、並列するのが古事記の構造だというのだ。我々に馴染み深い表の「語られた」ストーリーの背中を支える裏の物語を読み解けば、古事記はもっと面白くなる。

 以下、面白かった記述について。

 

訓読み

 「訓読み」は日本人しか使わない。「海」という漢字を中国から輸入した時、我々の祖先はそれに土着語の読み「うみ」を当てた。しかし他の国ではこういうことをしない。韓国語では海のことを「ぱだ」というが、彼らが「海」の漢字を「ぱだ」と読むことはない。

 こういうミラクルな文化輸入を行うところ、カレーやラーメンを魔改造した今の日本にも通ずるところがあるなあ、と。

 

イザナギイザナミ

 古事記を読む上で欠かせない2柱。古事記で彼らはお互いに誘い合って子をなす。筆者曰くこの「誘う=いざなう」行為は、2柱の名前を生かしたストーリーとのことだ。神の名は固有名詞だから、その名の由来とか意味とかを考慮することはないし、名前がどの神を指しているかがわかれば十分だ。ジャック君の「ジャック」がどういう意味かを気にする人はいない。表音文字においては特に。

 ではなぜ後付け的に神名に「意味」を持たせたか。それは口承で語られる土着の神を文字=知の文脈に移し替える意味があったそう。淡路島の漁民が細々と信仰していた神を国の有力神に抜擢したのは、古事記編纂者が作りたいストーリーに彼らの名がうってつけだったからだ。無名の神々を祭り上げることは、そのまま他の地方の有力神、ひいてはそれを信じる勢力を抑えることにもつながる。

 そんな極めて政治的な理由から、この2柱は選ばれ、意味を与えられた。

 

忌み神ヒル

 イザナギイザナミが最初に産んだ神は失敗作だった。彼の名はヒルコ。なぜ古事記にはこのような失敗の話が収録されているのだろう。

 ヒルコが失敗作になった理由は「イザナミ(女性)が先にイザナギ(男性)に声を抱えたから」と古事記では説明される。夫唱婦随、男尊女卑的な考え方である。これは中国儒教の影響が大きい。だが待て。このような「初児産み損ない」の話型は儒教と無関係に広く東南アジアなどに分布している。であれば、この男尊女卑的理由は後付けではないか、というのが筆者の弁。2柱に付随する謎の失敗ストーリーを語らないわけにはいかない、ただそれをなんの理由づけもなしに公表すれば、きっと疑問が挟まれる。そこで当時の先端思想だった儒教古事記に取り込んだ。こう考えればおさまりがいい。

 

アマテラスVSスサノヲ

 この本一番の見所。高天原に来るスサノヲを過度に恐るアマテラス、勝敗が曖昧なウケヒ、スサノヲ謎の大暴れ、天岩戸…アマテラスとスサノヲが絡む場面は。あまりに不思議な点が多い。これをその後の天孫降臨やアマテラスの成長と絡めて考察する。

 詳細を書くのはなかなか難しいけれど、物語にはアマテラスを成長させたりウケヒの決着をぼかしたりするシーンが必須であったのだな、と感じた。

 ただ、ウケヒに関して「近親相姦などおかしい」とする著者の主張には疑問がつく。近親相姦を是としないのはヒトの論理であり、カミの論理ではない。人の常識を噛みに当てはめるな、というのは本書で筆者が繰り返しているところであるし、そもそもイザナギイザナミだって兄妹だ。そこを論拠とする考察はどうなのかな、と。

 

ヤマタノオロチ 

 スサノヲによる大蛇退治は、見方を変えれば「オロチ祭」である。酒を用意し、自らの見た目を「クシ」で整え、垣を巡らせ場を神聖にする、確かに祭りのようだ。これはどちらが正しいという問題ではなく、二重に二つのストーリーが語られているのである。

 

イナバの「シロ」ウサギ

 「稲葉のシロウサギ」といえば、海を渡ろうとしたウサギちゃんがうまいことワニ(サメ)を騙くらかすものの、最後に魂胆がバレてボコボコにされる話だ。それを通りがかりのオオクニヌシが救う。

 ここで質問。このウサギの色は何色でしょう。

 白に決まっているとお思いだろう。僕もそうだった。だが、ここでウサギはワニに皮を剥がれてボロボロになっているから、色が白いはずがない。正解は茶色、もしくは赤身がかった肌色だ。シロウサギは本来「素」ウサギであり、物語には意外とこのような先入観が詰まっている。

 

おわりに

 ここまでいくつか紹介した話以外にも、本書には木花咲耶姫の話やミシャクジの話など、書ききれなかった興味深い説明がたくさんある。

 神話に限らずだが、あるストーリーを解釈する際に答えが一つであるとは限らない。大体の物語は多くの要素の集合体であり多義的なものだ。この視点を養えることに、本書は大きな価値があったように思う。