森の雑記

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アンドロイドは電気羊の夢を見るか?

アンドロイドは電気羊の夢を見るか?

 

はじめに

 高校生の頃、よく市立図書館で勉強をしていた。学習専用のスペースもあるそこは、塾に通わない僕みたいな受験生にはうってつけの場所だった。だってとても静かだし。けれど、そんな市立図書館にも1つ欠点がある。それは「周りに本が山ほどある」ことだ。図書館なのだから当たり前である。勉強に集中するにはうってつけのはずだが、素敵な本の誘惑が多すぎて、それに負け本を手にとってしまったが最後、気づけば閉館時間、なんて日も珍しくなかった。

 そんな市立図書館で当時読んだのが、早川書房アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」フィリップKディック著、浅倉久志訳 だ。雰囲気のありすぎるタイトルと黒地に黄色文字の格好いい表紙を見て、手を伸ばすなと言う方が無理な話だろう。

 先日バイト先の友人とこの本の話になり、久々に読んだので、本作について。

 

全体をみて 

 「ブレードランナー」の原作でもあるこの小説は、人類とアンドロイドの未来を描いたSF長編である。舞台は放射能汚染が進んだ地球で、感情を外的に司る装置「ペンフィールド情調オルガン」宗教装置「共感ボックス」など、ワクワクするテクノロジーがたくさん登場する。しかし、本作を読む鍵となる共感ボックスの描写は非常に読みにくい。現実と妄想の境目が失われていくこの装置に関する文章は、初読なら注意深く読むよりはさらっと読み飛ばしてしまった方がいいかもしれない。それでも十分に楽しめる。

 不法に入国した(入星)した人工生命を処理する「アンドロイドハンター」リックを主人公に、放射能で頭をやられた「特殊者」イジドアをサブ主人公として物語は進む。

 以下、好きな場面。

 

はめられたリック

 ローゼン協会は新たなアンドロイド、ネクサス6型を開発した。協会が開発したのは非常に高度な代物で、人間と区別をつけるのが難しい。そこでリックが、従来の人間判定テスト「フォークト・ガンプフ検査」がネクサス6型に対応できるかを調査しに協会会長、エルドン・ローゼンのもとへ向かう。そこでリックは彼の娘、レイチェル・ローゼンをテストすることになる。

 このシーンは、まるでサスペンスの心理合戦のように手に汗握る場面だ。レイチェルを誤ってアンドロイドだと診断してしまうリックに対し、お互いのため検査の不備をもみ消すよう持ちかけるエルドンも実に憎い。しかも、この世界では貴重なフクロウを贈ることも条件に加える。

 こういう大人の駆け引きというか、腹の探り合いはやっぱり人間にしかできないのではないか、と強く感じるシーンだ。

 さらに、この場面のラストには大どんでん返しが待っており、読んだ瞬間感嘆すること間違いなし。

 

警官レッシュ

 リックはアンドロイド処理を失敗し、警察署に連行される。そこで出会うのが別のアンドロイドハンター、レッシュだ。僕たちは頭は冴え渡り、発言もスマート、冷静にして冷酷な彼の虜になる。そんなレッシュにリックは絶体絶命のピンチを救われる。2人は手を組み、残ったアンドロイドを処理しに向かう。

 このレッシュが「自分もアンドロイドなのでは?」と気付くシーンの演出がものすごくリアルだった。冷静な頭で、極めてスマートに論を立て、自らの正体にたどり着くのを読むと、リックの混乱が伝わってきてこちらまでゾクゾクしてくる。この章最後、リックの「リスってのは、あまり利口じゃないんだよ」というセリフが、なぜか頭に残る。リックだって生きたリスを見たことがないのに。

 

スペシャル」イジドア

 今作2人目の主人公が彼、イジドア。知的障害を持ち「ピンボケ」と呼ばれる彼はアンドロイドへ心を通わせていく。

 誰もいないマンションで孤独に生きるイジドアは、突然現れたアンドロイド達に困惑しながらも、喜んで彼らに尽くす。なんなら見ていられないくらいに。アンドロイド達はイジドアのことを便利なバカくらいにしか思っていないのに、彼は気づけない。ああ、なんてかわいそうなイジドア!

 彼の描写はいつでも痛々しい。でも、何故だか目が離せない。彼だけは偏見なくアンドロイドに「共感」することができる。

 

レイチェルとリック

 レッシュと別れたのち、残り3体となったアンドロイドを殺しに向かうリックは、レイチェルをホテルに呼び出す。

 このシーンが非常に生々しい。理由、経緯は割愛するが、レイチェルと枕を交わすことを望むリック。彼もまた、アンドロイドに機械以上の感情を持つようになる。このシーンで、タバコを吸うレイチェルの描写の人間味が強すぎて、なんだかリックの方がアンドロイドに見えてくるのは僕だけだろうか。

 

 

おわりに

 2人の主人公、リックとイジドアはともにアンドロイドに共感してしまう人間である。対照的に描かれた2人は、物語の進行に従いこの一点で交わることになるのだ。ディックがこの小説を通して語りたいことを推し量るのは容易ではないけれど、機械と共感について何かしらを考えるきっかけになった。

 きっとアンドロイドは夢を見ない。夢を見るのは人間がすることだ。けれどリックやイジドアは、アンドロイドが動物を夢見る世界を望んでいる。