森の雑記

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南方熊楠 人魚の話

南方熊楠 人魚の話

 

はじめに

 南方熊楠をご存知だろうか。高校倫理や日本史の授業で彼を知った人も多いかもしれない。僕も高校時代に倫理の授業で彼についてほんの少し勉強した。神社合祀に反対したこと、粘菌に詳しい民族学者だったこと、昭和天皇に標本を手渡す際、キャラメルの箱に入れたこと、知っているのはこのくらいだ。たった数個しか彼にまつわるエピソードを知らない。けれど、そのどれもがなんだか想像力を掻き立てる。相当お茶目な人だったんだろうとか、人々の暮らしに根付くものを大事にしていたんだろうとか。

 今回は、平凡社南方熊楠 人魚の話」を読み、そんな想像の答え合わせをした。

 

全体をみて

 「南方熊楠全集」を底本として編集された本書。熊楠が当時書いた文章がそのまま収録されているので、古語とまでは言わないが、文章には現在流通する言葉より一段古いものが使われている。そのため多少の読みにくさはあるけれど、文章が頭に入ってこないところは飛ばし飛ばし読めばそこまで苦労はしなかった。そして、今の僕たちから見れば古風で硬い文章の中に、彼の暖かさ、素直さがだんだんとわかってくる。

 さて、本書は熊楠の日記のような、走り書きのような、エッセイなような、そんな文章がいくつも収録されたものだ。以下、気になったものについて。

 

草花伝説 p16〜

 紅花にまつわるあれこれが書いてあるところ。「ポイトコナ」の話が面白い。

 お爺さんが出先で初めて団子を食べ、ひどく感激した。帰ってお婆さんに伝えようと、「団子」「団子」と呟きながら帰宅。しかし道中、水たまりを飛び越える際、「ポイトコナ」と言いながらジャンプ。そこからは「ポイトコナ」「ポイトコナ」と言いながら家に着く。お婆さんに「ポイトコナ」が食べたいと言うも、なんだかわからず困り果てるお婆さん。それに起こったお爺さんがお婆さんの頬を叩き、腫れ上がったそれを見て「団子だ!」と思い出す。

 落語のようなお話ですこぶる笑える。

 

オニゲナ菌 p30〜

 ある珍しいキノコの話、と思いきや…。この本の中で一番好き。

 ある蟻が陰部を噛むと発症するらしい奇病を体感しようと思う熊楠。妻の制止を物ともせず、彼処に砂糖や鶏の煮汁を塗り、オニゲナ菌のあたりにうずくまる。結局蟻は来ない。

 もうぶっ飛びすぎでしょ、熊楠さん。奥さんの苦労がうかがえる。

 

日月中の想像動物 p52〜

 月や太陽に動物を見出す文化について。

 僕たちにも馴染みが深い「月の兎」。このような伝承は古くから各地にあるようで、熊楠は近世の伝達によるものではなく、同時多発的なものだと言う。どこにいても人が考えることは同じなのかもしれない。

 

人魚の話 p95〜

 世界各地の人魚譚について。

 さまざまな場所で人魚がどのように扱われてきたかを見るのも面白いが、熊楠がオランダのシュレッゲルを痛烈に批判するところがすごく楽しい。歯に衣着せない大胆な物言い、感情豊かな罵倒は読んでいるだけで気分がスッとするようだ。

わが国では海外の学者を神聖のようにいうが、実は負け惜しみの強い、没道理の畜生ごとき根性の奴が多い。」p100

よくもこんなに言えるものだ。

 

睡眠中に霊魂抜け出づとの迷信 p138〜

 寝ている間のいわゆる「幽体離脱」について。

 この現象は万国共通で信じられているようにも感じるが、エスキモーが例外であることを書く部分が面白い。その部分が「熊楠按ずるに」で始まるのも良い。

 こんな風に自分のファーストネームを使うのって当時は普通だったのだろうか。現代からするとものすごく可愛い言い回しに思える。

 

おわりに

 書ききれなかったけれど、終盤にある「江島紀行」のエッセイもすごくほのぼのとしていて、読んでいて温かい気持ちになった。この本にはいくつかの素朴で美しいスケッチが挿されているのだが、それは熊楠本人によるものだそう。彼の人間性を象徴するような素敵なスケッチだったので是非みて欲しい。