森の雑記帳

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AI時代の憲法論 人工知能に人権はあるか

AI時代の憲法論 人工知能に人権はあるか

 

はじめに

 人工知能技術や、その発達を加速度的に推進したディープラーニング技術など、かつてSF小説に登場したようなテクノロジーは、もはや空想のものではなくなりつつある。巷には様々な「AI本」が溢れかえっていて、書店でこの言葉を見ないことはない。しかし、こうした技術の発展に対して嫌悪感を持つ人もいるだろう。嫌悪感までは持たずとも、僕たちは将棋の電王戦で人間側が負けると、どこか残念な気持ちになることがある。新しいものへ抵抗したくなるのは人間の性だけれど、それでもどこかで新技術を受け入れる時が来る。その時のために、少しでも多くの知的準備をしておく必要があるのではないか。今回はそんなAIについて書かれた、木村草太先生編著、佐藤優さん、山川宏さん著「AI時代の憲法論 人工知能に人権はあるか」について。

 

総評

 多くの著書やメディア露出でも有名な東京都立大学憲法学を教える木村教授、元外交官で作家、宗教に明るい佐藤優さん、ドワンゴ人工知能を研究する山川宏さん、3人のシンポジウム及び対談をまとめたのが本書。憲法×宗教×科学による人工知能分析が会話をベースに進んで様子を収録しているので、実際に彼らが目の前で話してくれているような感覚で読むことができた。

 この本には大統領二期目を目指すドナルド・トランプがよく話題にのぼるのだが、木村先生は講演のタイトルを、もともと「トランプはAIではないのか」にしようと思ったそう。

 以下、各章について。

 

第1章 AIは人間の生命をいかに判断するのか

 佐藤優さんが担当する章。

 トランプの宗教性についての話が面白かった。トランプはキリスト教カルヴァン派(中でもプレスビテリアン)に属しているため、いわゆる予定説を信じているそう。予定説を雑に説明すると、「人は生まれる前から天国行きか地獄行きか決まっているので、生まれた後の行為に宗教的意味はない」と考える説。この宗派の信者は、「自らがあらかじめ神に選ばれていること」の証明として努力に務め、怠惰を嫌う。そして、トランプが恥知らずな言葉を躊躇うことなく連発できるのも、根っこのところで自らは「選ばれている」と信じているからだと佐藤さんは解説する。

 だからと言って、選挙の対立候補の手を見て、「あなたは手が小さいのでモノも小さいだろう。私は大丈夫だ」みたいなことが言えちゃうのがすごい。宗教ってここまで人を大胆にするのか。

 

第2章 トランプはAIである

 木村先生が担当する章。

 トランプがしばしば行う倫理観や実現可能性を持たない発言に対し、「なぜそんなおかしなことを言うのか」と言う疑問がある。答えとして木村先生は、「その時その言葉を発するのが一番効果的に得票が望めるから」と結論づける。「普通」の人間なら、倫理的に躊躇ったり、嘘を嫌ったりしてできない発言を、トランプは平気でする。このように倫理観を持たず、効率的に民衆の扇動、および集票を狙う姿勢をして、「トランプは(倫理観がなく、得票効率化を目指す)AI(のような人間)である」と言うわけである。

 

第3章 人類はAIをコントロールできるか

 山川宏さんが担当する章。

 「AI効果」の話が面白い。「アーモンド効果」みたいな言い回しで少しチャーミングだけれど、そういうことではない。 「AI効果」とは「AI技術が実現、浸透すると、AIとは呼ばれなくなる」現象のこと。例えば、スマホの予測変換は技術的に言えばAIだが、誰もそれをAIだとは言わない。たしかに。

 

第4章 AIの尊厳とは何か

 3人が基調報告を終え、シンポジウムで対談を行った様子を収録した章。

 トランプが選挙で勝ったあとは、トランプAIの「集票の極大化」目標が失われる。では次に何を目指すのかについての考察が面白かった。エルサレムへのイスラエル米大使館移転問題についての法的拘束力など、知ると面白いことが多い。

 

第5章 進化するトランプ2.0と日本の政治

 シンポジウムの後、木村先生と佐藤さんが対談を行う章。

 この章で、外交、インテリジェンス業界における「サードパーティールール」なるものの存在を知った。これは「情報を第三者に渡す際には、必ずソース元に了承を取る」ルールである。まあ、これは非常に大事だと思う。

 例えば僕が、「Aさんが好きである。近日交際の申し込みをしようと思う。」とBさんに言う。これをBさんがC君に「あいつは近日中Aに告白をするぞ」と僕の許可なくバラしてしまったら、焦ったC君が先んじてAさんに告白し、それが成功してしまうかもしれない。この時、僕は完全に教え損を被る。これはあくまで架空の事例である。しかし、情報源への確認がいかに大事かわかる。

 また、北朝鮮のミサイルにつき、安倍総理大臣が、「サリンを弾頭につけて着弾させる能力をすでに北朝鮮保有している可能性がある」と発言したことに対する会話も面白い。普通、サリンなどの生物科学兵器は熱に弱く、着弾時点では科学変化で毒性を失う、と言うのが通説だそう。にもかかわらずこうした発言を行うのはどんな意図があったのか、それとも知識不足なのか。

 

第6章 自立型AIに人を殺す権利を与えるべきか

 木村先生と佐藤さんの対談。

 この章は技術的な話も度々出てくるので、集中して読む必要があった。

 中でも、AIと価値判断、宗教についての会話が面白かった。現在人間は牛、ぶた、鶏など様々な肉を食べて生きている。これに対し、ヴィーガンの方々から、「知性があるものを食べるのはよくない」と言う声が聞かれたり、食の正当化を「人間より知的に劣っているから食べてもいい」と言ったり、他の生命を殺し、食べる基準に「知性」を持ち出すことがある。しかし知性を元にした価値判断が浸透すると。AIが発達した際に困ったことが起こる。それは、「人間に知能で勝るAIは人を殺してもいいのか」問題である。いずれAIは人間の知性を上回る能力を得るだろう。その時、これまでの知性を元にした価値判断をベースにすると、「AIが人を殺す」ことを正当化できてしまうかもしれない。

 こんな問題考えたこともなかったけれど、たしかにその通りである。人工知能に殺される、なんて小説の中の話だと思っていたが、再考の必要がある。

 ちなみに、この章のなかに写真をAIに認識させるくだりがあって、「飛行機と道路」を写した一枚の写真が収録されるんだけれど、僕はこの写真が墜落仕掛けの飛行機にしか見えなかった。普通の人には「飛ぶ飛行機」AIは「飛行機が道路に置いてある」と認識するらしい。すでに僕の知能はAI以下かもしれない。

 

第7章 AI技術は宗教と倫理を超えられるか

 再び木村先生と佐藤さんの対談。

 これまでの討論、議論を経て、再びAIについて論じられる。

 

おわりに

 人工知能に受験をさせる「東ロボ君」プロジェクトは皆さんご存知だろう。この計画はすでに終了したが、センター試験現代文で偏差値58程度までしか取れなかったそう。東大合格は夢に終わった。これをもって、「人工知能には読解力がない!人間万歳!」と思ったあなた、しばし待たれよ。偏差値が58もあれば、大半の受験生には成績で勝ってしまう。文の長さ、繰り返される言葉に反応して、正解と思われるものを導く、つまり読解力も価値判断もないAIに、半分以上の人間はすでに負けているのである。

 全ての人間に読解力がある、というのはもしかしたら驕りなのかもしれない。人間特有の読解力や価値判断なんてものは幻想にすぎないのかもしれない。であれば、人間にしかできないことって一体何か、もうすこし考えてみたい。