森の雑記

本・映画・音楽の感想

天国への道 星新一

天国への道 星新一

 

はじめに

 僕が初めて星新一先生のショートショートを読んだのは、小学校4年生の時だったと記憶している。当時の僕はお昼休みの図書室通いを毎日のルーティーンにしていた。外でドッジボールを楽しむ同級生を窓から眺めつつ、空調の効いた図書室にいるのは悪くない気分だった。

 そんなある日、いつものようにウロウロと本棚を物色していると、左奥の棚、最上段の見えにくい場所に何やら可愛くて目に付く表紙の本が見えた。目一杯背伸びしてそれを手に取ると、「頭の大きなロボット」と書いてある。少し分厚い本だったけれどイラストもキャッチーだし、タイトルも小難しくない。これは面白そうだ、とその本がSF短編集であることなど全く知らずに貸し出しカウンターに向かう。

 読んで見ると、思っていた内容とは全く違う。童話のようなお話を想像していたが、中身は完全にSF、しかも一つの話は数ページで終わる。本=一つのお話だと考えていた僕はカルチャーショックを受けた。

 そこからは速かった。続けて星先生の他の短編集を読み漁り、一週間ほどで図書室にあったショートショートを読み尽くしてしまったのだ。

 思えば、和田誠さんの描くあのイラストにまんまと引っかかってしまったわけだが、本を見つけた瞬間に感じたあの気持ちは忘れられない。この本の存在を同級生の誰にも知られたくないくらい特別な本だった。隠すような場所にあの本を配置した司書さんの気持ちもわかる。推測でしかないけれど、小学生みんなにお勧めするような本ではなく、わかる子が楽しんでくれ、というメッセージも込められていたかもしれない。

 そんなわけで、僕の本好きを決定づけた星先生の作品の中から、今回は「天国からの道」を紹介する。

 

全体をみて

 こんなに有名な作家と作品に全体的な説明は不要であろう。以下、短編の中で好きな話について。

 

「天国からの道」

 新潮文庫発行の本作の表題にもなっているお話。天国を管理する天使たちのお役所主義に憤った神様が、天国をミカエル社とガブリエル社に分け、競争原理を導入する、というストーリー。

 何はともあれ、まずはこのタイトルと設定について。

普通僕たちは「天国」「道」の名詞の間に「への」という助詞を挟む。しかし今回は「からの」である。これによって、タイトルの時点で天界側からこちら側に何らかの働きかけがあることが暗示される。そして「役所と競争原理」という設定。モチーフがすでに風刺っぽいところがたまらない。 

 そこからは様々な分野で両社が競争を行い、しのぎを削っていく様子が描かれるわけだが、その過程で数々の印象的な言葉が飛び出していく。

・「ミンミンミカエルピンポンパン」ミカエル社の広告フレーズ。間の抜けたひびきながら、リズミカルで頭に残りやすい。

・「タン氏」「ユメミキ」星先生の作品では、無機質な人格には「エム氏」「エヌ博士」など、アルファベットをカタカナ表記した名が用いられる。逆に、タン氏のような名前には、おそらくその名前自体に何らかの意味がある。今回のタン氏は「ユメミキ」(カタカナのところがまたしゃれている)という文字通り夢を見る機会を開発し、天使に対抗しようとする人物である。この名の意味を考えるとすれば、ここからは完全に妄想だが、天使に対抗する「タン」は悪魔サタンのタンから来ているのかな、と思う。

・「現代の人間は奴隷の使い方を知らない」これはきっといいことだけれど、時が進むにつれて失う能力もあることを思い出す。

 話は進み、二社の技術競争により今でいうVRやアレクサのような機械も登場しながら、物語はクライマックスへと進んでいく。二社の競争が激化しきった中、人類は「天国」に価値を見出し、現世のことなどどうでも良くなってくる。ついには、地球がさながら人間製造工場の様相を呈する。

 そしてオチ。長い「昼寝」から目覚めた神は二社の競争の様子を見て驚く。こんなことになっていようとは。そして一言。「この次に世界を作る時にはもっと注意してやらなくては」

 だったら最初から作り直してくれ。

 

つまらぬ現実

 ある男エム氏のありふれた日常が淡々と描写される。その後、謎の「精霊」が「こんなつまらない話、と思っただろう」と我々に語りかけてくる。精霊は、人の思いが物に積み重なると、その物は霊性を帯びるのだ、と説明する。そして自らが「金銭の精霊」であることを明かす。閑話休題、再びエム氏の日常に視点が戻される。またしても愚にもつかない出来事。それが終わると、再び金銭の精霊の話。今の人々がいかに金銭に支配されているかを語り、短編が終わる。

 書いていて、頭がおかしくなったと思われそうなあらすじだと思ったけれど、本当にこんな話だから困る。この話は何を示唆したいのか。単純に経済的な統制の敷かれた現代を皮肉っているのだとは思えない。金銭の精霊は「原則」の名の下、ほとんどロボット三原則を踏襲した原則を説明するし、わざわざスピリチュアルな雰囲気を醸し出す。こうした一つ一つの装置がこの話を不気味に仕上げる。人の名が「エム氏」であることから、不特定多数の中の一人、つまり我々を主人公にしているのだろう。

 ほっとするオチもゾッとするオチもない、こんな話が結局一番印象に残る。

 

火星航路

 星新一流のラブコメ。捻くれながらも愛に飢える二人が「恋文ごっこ」を通して心を通わせていく物語。他の短編に比べてやや長いけれど、星先生がラブコメを書いたらこんなにスタイリッシュに、それでいてヒューマニスティックになってしまうのか、と恐ろしい気持ちになる。ラブコメ作家に転向してもやれそう。物語の締め括りにも痺れる。

 森見先生の「恋文の技術」とはてんで方向が異なっていて面白い。

 

狐のためいき 

 星先生の千編を超えるショートショートの第一作。話の内容はさておき、その後のメモが面白い。戦後、学生時代、父の死、作家としてのスタート、ごく短いメモにはあまりに多くの情報が飛び交う。大学院に行ったことを経歴から削る理由もかっこいい。

学歴で作品が書けるわけじゃない

 

おわりに

 中学生以降には多くの人が触れるだろう星新一先生の作品。読みやすく、オチがついたショートショートはもちろん彼の代名詞だ。しかし、晩年のオチがなく不穏なショートショートや長編作品も是非読んでほしい。「声の網」「気まぐれ指数」など、どれもいろいろな意味で心に残る作品ばかりだ。

 星先生のショートショートの単行本の多くは、誰かが数ある作品の中からいくつかを選び、まとめたモノだ。話の選定や順番にきっと多くの編集者が趣向を凝らしていることだろう。僕もいつか、自分セレクションの「星新一ベスト」を作ってみたいものである。