森の雑記

本・映画・音楽の感想

日本人と象徴天皇 昭和から平成、令和へ

日本人と象徴天皇

昭和から平成、令和へ

 

はじめに

 天皇に関する言論には、しばしば大きな賛否がつきまとう。僕はその是非や制度の背景などに明るくないので、いまだ自らの立場を明確にできない。それでもこの制度、「象徴」天皇制について少しでも多くのことを知ることは、様々な人の意見、立ち位置により深い理解をもたらすことになると思う。偏見やバイアスを持ちながら情報に触れることを減らすべく、多角度からの視点を持ちたい。その中の一つの視点として今回は天皇についての本書を取り上げる。

 

全体をみて

 一つの視点、と冒頭では書いたものの、本書はNHKスペシャルの映像を放送しきれなかった情報を加えて書籍化したものであり、ある人の意見が発露したものではなく、あくまでファクトベースの新書だ。思想を誘導しうる表現は少ないと、個人的には感じた。

 内容は戦後、昭和天皇の時代から前天皇上皇)の時代を時系列で追ったものであり、様々な証言や資料から彼らの考え方や行動に迫る取材の足跡だ。以下、各章ごと印象的だった部分をあげる。

 

第1章 象徴天皇はこうして生まれた

 戦後、天皇の在り方をアメリGHQと関わりながら見つめなおした経緯をたどるこの章では、「象徴」の文言が何を意味するかに多くの意見があったことが紹介される。こうした議論のうち、女系天皇に関するものには驚かされた。昨今女性宮家について議論が行われているが、これは新たな天皇制度が施行される以前から机上に載っていたテーマであるそう。皇室への意識は戦前とは明らかに異なるから、今一度幅広い意見を鑑みつつ何らかの形になることを期待したい。

 

第2章 国民との距離を縮めた戦後巡幸

 戦後、昭和天皇が各地を巡幸した際の情報をまとめた章。昭和天皇が小学校の生徒に話しかけた際の言葉遣いや、出迎える国民が次第に熱を帯びていく様子などが書かれる。それまでいわば天上の存在であった人物を目の前にした時の人々の戸惑い、感動、そして何より昭和天皇自身の変化には興味をひかれた。

 

第3章 新憲法下の”天皇外交”

 戦後アメリカを中心とする各国とのやり取りにつき、「象徴」である天皇がどのような立場に置かれたかを考える章。吉田茂首相が戦後処理に当たる中、昭和天皇が様々な形で影響を及ぼしていた可能性が読み取れる。この是非はさておき、依然と異なる「象徴」の立場を与えられた昭和天皇は、これまでの在り方とのギャップを感じながらも「象徴」の文言に少しづつ色を付けていく。ここにはどんな苦悩と、心配、責任感があったのだろうか。

 

第4章 新時代の象徴・皇太子のデビュー

 この章から、スポットライトの中心が徐々に皇太子、つまり今の上皇に変わっていく。その教育に関するエピソードで面白いものがあったのでここにあげる。

 皇太子の英語教師、ブライスが皇太子と机をともに勉強していた際、テーブルから鉛筆が落ちたことがあった。誰が拾うか、ということになり、皇太子は

「近くの人が拾えば良いと思います」

 と発言。たいしてブライス

「じゃあメジャーをもってきましょうか」と言った後、続けて

「これはねあなたが拾うべきですよ、なぜならあなたは皇太子だから」

 と話したそう。またブライスは家庭教師の責務について、英語ではなく人間を教えているという教育方針も示していたらしい。

 含蓄が深すぎてあまりにも多くのことを読みすぎてしまいそうなやり取りだが、皇太子がある意味で非常に厳しく、ある意味で非常にあたたかな教育を受けていたことがわかる。

 

第5章 冷戦、安全保障、そして沖縄

 東京オリンピックが開催される頃の日本と米軍の在り方、天皇のかかわり方を記した章。このぐらいになってくると象徴天皇に対し様々なイデオロギー的対立が起こっていたことが読み取れる。なかでも沖縄を訪問した皇太子夫妻に火炎瓶が投げつけられた事件は初めて知ったし、衝撃的だった。この事態に動じなかった夫妻の胆力には脱帽する(もっとも皇太子夫妻を前にしたほとんどの人々は、すでに帽子をしていなかっただろうが)。

 

第6章 戦争の記憶を背負い続けて

 A級戦犯靖国神社参拝、合祀、今もなお多くの考えがある事柄につき、取材をもとに昭和天皇の心持を推し量る章。ここに関してはは多くは語るまい。

 僕は一度平日お昼ごろに九段下の靖国神社を訪ねたことがある。他の神社とは異なった空気もありながら、休憩所やその近辺にはお弁当を食べるサラリーマンや、おしゃべりに花を咲かすご老人の方々がいた。なんとも不思議な場所だった。

 

第7章 そして続く”象徴”の模索

 平成天皇に関する章。被災地訪問や戦没者慰霊など、各地に旅を続ける夫妻に、国民の感情が変化していく様を読むことができる。皇室への思いは尊敬から親しみへと変わりつつある。昭和天皇が「どう?」と聞いていたところを平成天皇は「いかがですか」と尋ねるという意味で天皇が「普通の人」に近づいたというエピソードには説得力があった。また、中国を訪ねた訪ねた際、上海で詠んだ歌、

 「笑顔もて 迎へられつつ 上海の  灯ともる街を 車にて行く」

 には感じ入るものがあった。

 

おわりに

 「天皇」「皇室」日本国民誰もが知っていながら、誰もが実態をつかみきれないこの制度に少しでも理解を深めることは決して無駄にならないと思う。なぜなら僕たちは日本に生まれたから。