森の雑記

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映画ピンポン 才能と衛星

映画 ピンポン

才能と衛星

 

はじめに

 言わずと知れた松本大洋作品、「ピンポン」。癖のあるタッチとセリフ回しの原作を窪塚洋介井浦新で実写化した本作。これまた僕の大好きな中田敦彦が、藤森慎吾と初めて二人で出かけた際に見た映画だということを知り、見ることを決めた。井浦新というと、僕の中では「リッチマンプアウーマン」での、小栗旬の盟友兼黒幕的なイメージが強かった。若いころの彼の演技は、いまと比べてどんな違いがあるのかも楽しみにしながら、オリラジおすすめの作品を見る。

 

全体をみて

 「鉄筋コンクリート」をはじめとして、松本大洋作品に出てくる登場人物は、現実には存在しないような狂った人がいる。今回はペコがその役回りで、ペコの難しい狂い具合を窪塚洋介が違和感なく演じていることに驚いた。しかもかっこいい。原作より煙草を吸うシーンが様になっているペコを見られるとは思わなかった。

 この映画のテーマのうちの一つには「才能と努力」がある。登場人物すべてが努力を重ねる中、結局勝つのは「才能」をもった者だ。この才能の正体、「才能とは何か」に近づいていくのを追うのもこの映画を見るポイントになる気がする。

 

好きな場面

①「でも、中国人は10億人いるからなあ」

 母国で夢破れ、再起をかけ日本に卓球留学する「チャイナ」とスマイルの試合の際、応援する太田の一言。中国人にも声援は負けない!とスマイルの応援に盛り上がる味方選手に対して。

 小さな島国の高校レベルの大会で飛び出すセリフじゃない。突然こういうびっくりするくらい広い世界を前提にしたセリフが、モブから飛び出すから、ピンポンは油断できない。視点が大局的すぎるでしょう。

 

②階段

 このあとの「飛ぶ」モチーフにもつながる装置、階段。この作品では時系列ごと印象的に階段が使われる。

ⅰ小学生の時

 ペコとスマイルが小学生のころ話した神社の階段では、彼らは横並び、同じ段で話す。ペコ扮するお面をかぶったヒーローは上からスマイルに語り掛ける。この段階では、ペコが強者として、弱者スマイルを助ける構図が表現される。

ⅱスマイルとチャイナの試合前

 体育館の階段でペコとスマイルが話すシーン。このあとスマイルは(おそらく)わざとチャイナに負ける。このシーンでは二人は同じ段でかつての「ヒーロー」について話す。ペコが「ヒーローなんていない」と言い放つと、「そうだね」とスマイルは試合に向かう。これまではペコがスマイルにとってヒーローだった。けれどヒーローはもういない。ペコがヒーローでないなら、二人の立場は対等だ。

ⅲアクマとペコの試合後

 ペコがアクマにまさかの敗北を喫し、スマイルとペコが体育館の階段で話すシーン。見下していたアクマに敗北し、落ち込むペコ。このあとペコはしばらく卓球から離れてしまう。気を落とししゃがみ込むペコに、スマイルは階段の「上から」声をかける。いつまでもくよくよするペコに「先に行くよ」と声をかけ、シーンが終わる。

 二人の関係が逆転したことを表す構図。落ち込んで動かないペコに声をかけるスマイルの言葉が示す「先」には二つの意味がある。

 

③飛ぶ

 映画冒頭の場面「I can fly」がもう一度出てくる場面。部を追放となったアクマに、「才能があるから卓球を続けろ」と叱咤されるペコ。そして、橋の上から「I can fly」。ピンポン屈指の名シーンだ。

 その間トレーニングを続けるスマイルの背後に現れる飛行機や、コーチと乗った遊園地の空飛ぶアトラクションなど、スマイルには自力ではないものの、「飛ぶ」ことをイメージできるモチーフが多く描写される。

 そんなすでに飛びかけるスマイルに追いつくべく、ペコは川に跳ぶ。当然空は飛べないけれど、それでも卓球復帰に大きな一歩を踏み出すペコをみて、思わず目頭が熱くなる。

 その後、オババのもと修行に没頭するペコだが、ここでも階段のモチーフが使われる。ひたすら階段ダッシュを繰り返す姿には、アクマに負けた日に離れた、ペコとスマイルの段差を再びフラットにしようと懸命に上る姿を見ることができる。

 そしてラストシーン、スマイルとペコの直接対決を制したペコは、もう階段の一番上、表彰台の頂点に、スマイルより上に立つ。

 

 この階段と飛ぶことを通して描かれる二人の関係性には、感動させられた。気づいていないだけで、ほかにもこうしたモチーフは数多くあると思うけれど、本当に考え抜いて作られている作品だと感動。

 

④「イエスマイコーチ」

 スマイルが卓球部の顧問に心を開くシーン。痺れる。

 

⑤風間とペコ(と才能)

 才能とは何か、というこの映画の主題が存分に描かれるシーン。才能とは何か、を考えるのには、登場人物の強さとモチベーションを見るとわかりやすい。

 1位 ペコ 卓球が好き

 2位 スマイル ペコが好き

 3位 ドラゴン 人のために卓球をする⇒人が見る自分のために卓球をする

 4位 チャイナ 母国での再起

 5位 アクマ 誰かに負けたくない

 この映画で表現したい才能は何かを「好きになる」力。ついで、原動力が自分中心か、他人中心か、というところでまた差が生まれる。と妄想。アクマがドラゴンに卓球をする理由を聞いた際の、「自分のため」という返答が相当アクマをがっかりさせたのもこう考えるとわかりやすい。みんなのために頑張るドラゴンを見てきたから、海王の部員はドラゴンを尊敬してやまないわけで、そこで「自分のため」と言われてしまったら尊敬してきたものが崩れ落ちてしまう。弱さを認めたドラゴンは、この後当然ペコに負ける。

 

おわりに

 考察、というか妄想が多くなってしまったが、映画「ピンポン」は本当にいい作品なので多くの人に見てほしい。今ならネットフリックスで視聴できます。月本(スマイル)と星野(ペコ)、ある星とその衛星、月のような、離れず近づかない関係をぜひ楽しもう。余談だが、この映画の最後には、おそらく若かりし頃の染谷将太が出演しているので、そこにも注目してほしい。