森の雑記

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最強のふたり 二度目のオープニング

 最強のふたり 二度目のオープニング

 

はじめに 

 桜に関するニュースが減ったような気がする昨今。外を歩くともうすでに緑色が差しはじめている。家にいるのも飽きてきたところ、何か映画を見ようと思い立ち、作品の時間が比較的短い「最強のふたり」を見た。

 名作中の名作であるこの映画をいまさらながら見るのは、遅すぎた気がした。

 

あらすじ

 首より下、ほぼ全身が麻痺しており、生活に介護を必要とする老資産家フィリップ。失業手当をもらうためだけに、フィリップの介護の面接を受け、面接証明をもらおうとする青年ドリス。採用を希望しないドリスの、同情しない姿勢がフィリップの心を動かし、多くの応募者の中からドリスが付き添い人に選ばれる。当初は気乗りしなかったドリスだが、徐々にフィリップと打ち解けていく。

 フィリップとドリスの障害、年齢を超えた友情を描く作品。

 

感想

 

 ・全体

 全体に少しも余分な場面がなく、100分ほどのこの映画があっという間に終わってしまった。丁寧すぎる過去の掘り下げや、回想シーンがなく、あくまで二人の「今」を切り取り、いきいきと友情を表現。流れる音楽も二人の心情を補強するのに一役買い、コンパクトかつテンポよく、それでいてみるものを置いてけぼりにしない作品だった。

 個人的には、不幸の度合が大きいシーンがないのも好み。終盤で起きるハッピーを強調すべく、その前段階で大きくしゃがみ込む作品もあるが、その不幸に必然性があったとしても見ていてつらくなってしまう。フィリップの障害、ドリスの家庭環境など、暗い部分も深入りしすぎず、あくまで彼らの現在にスポットを当て続ける部分が、テンポの良さにつながっている。

 

 ・好きな場面

 ①ドリスが妹にシートベルトをさせるシーン

 ドリスが妹を車に乗せる場面。映画の冒頭ですさまじい運転を見せるドリス。(免許は持っていない)いきなり学校帰り妹を車で迎えに行き、助手席に乗せ、急発進する直前、「シートベルトを」。フィリップと出会う前の彼からは考えられない気遣い。フィリップを助手席に乗せるときはきちんと固定しないといけない。この習慣が染みついたゆえの行動だ。ドリスが乱暴な青年から落ち着いた大人に少しづつ変わっていることを示す場面だと思う。突然の行動と気遣いのギャップに痺れる。

 

②ワイシャツで面接へ

 フィリップから離れたドリス。別の働き口を探し、面接を受ける場面。面接官と絵画や音楽にまつわる知的でユーモラスなやり取りをする。ドリスがフィリップにより、教養を持った青年になった。笑顔で会話をするドリスは、きちんとアイロンがかかったワイシャツを着ている。

 このワイシャツはフィリップの誕生日パーティーの際見繕ってもらったものだろう。面接というフォーマルな場にきちんとシャツを着る、成長したフィリップがみられる。

フィリップ介護の面接ではグレーのパーカーに革ジャンといういで立ちだったのに。

友人に買ってもらったシャツを大切に着る友情がみられるところもいい。

 余談だが、前の雇用主のおかげで次の面接がうまくいく、というのは「プラダを着た悪魔」にも出てきたモチーフだと感じた。あっちはアメリカ映画だけど。

 

③返されたタマゴ フィリップはなぜ逃げたか

 介護の面接の際、ドリスがくすねたタマゴ型の置物。気づいているフィリップは、妻の遺品を返してくれと頼むが、ドリスはしらばっくれる。せっかく芽生え始めた友情、普通ならここでドリスに失望しそうなものであるが、フィリップは気に留めない。

 文通相手と会うのを避けたフィリップは、障害のことがばれるのを嫌がったように描かれるが、逃げた理由はそれだけだろうか。新しい女性と親しくなること。それは亡き妻を上書きすることを意味する。このことに申し訳なさを感じていたのではないか。

 こう考えると、この映画のラスト、昼食のテーブルでフィリップがタマゴを返し、席を外した場面はより味わい深くなる。フィリップと再会し、出かける。道中いくらでもタマゴを返すタイミングはあったはずだ。しかしドリスは、昼食の席に文通相手の女性をサプライズ的に呼び、席を離れる直前にタマゴを返す。亡き妻が見守っている、思い出を克服してほしい、そして、それを一度は所有した自分も応援している。ドリスからの様々なメッセージが一つの置物に込められる。年齢、別離、様々な障害を乗り越えた、なんと素敵な友情であろうか。

 

おわりに

 様々な心をくすぐる場面がちりばめられたこの作品。一度見た後にもう一度オープニングを見直すことをお勧めしたい。「September」がもっと素敵に聞こえる。思わず踊りだしたくなる。そういえばドリスも言っていた。「踊れない音楽は音楽じゃない。」